第380話 具象化の強制解除
危機を察したのか、無数の触手が伸びるのとほぼ同時に、眼下に広がる森林地帯から一斉に鳥たちが飛び立ち始めた。
野生動物の鳴き声やそれらが一斉に動き出す音が、常人よりも優れた聴覚を持つクロードの耳には届いていた。
無数の触手たちは、それらを無差別に追い、捕らえようと動き出した。
そして本体の進行方向はゆっくりとだが、浮遊しながら真直ぐこちらに向かってくる。
全身を蠢く不完全体の魔物で飾り付けた様な、無数の触手を持つ球体に、アヴェロエスの意識が残っているのかはわからないが、少なくともクロードに対して向けているのは敵意ではなかった。
スキル≪危険察知≫には何も引っかかっては来ないし、何か攻撃を仕掛けてくる様子もない。
ただ、触手の動きだけは違った。
それぞれが別の意思を宿しているかのように、近くにいる動物や魔物に巻き付き、捕らえた獲物を本体に引き込んでいる。
引き込まれた生物は、底なし沼に足を踏み入れたかのように、ずぶずぶと体内に埋没していく。
「どうやら、あの球体の目的は、少量なりとも魔力を有する者を取り込み一体化することにあるようだ。こちらに向かってきておるのも、この周辺で最も大きな魔力塊が三つもあるので、それに惹かれている様子。このままでは地上の全てが消え去るまでは止まるまい。この世界を構成する全ての存在は、たとえ石や砂であっても微細な魔力を帯びておる。動物が全て消え去った後は、植物や鉱物。最後は星さえも消えてなくなるやもしれん」
身に余る強大な力を手にして、最近少し感覚がずれてきていたようだ。
バル・タザルの語る恐ろしい予測を聞いて、事態の深刻さがようやく少し感じられてきた。
「導師、何か手はあるか?」
「うむ、とりあえずあの球体の動きを止めるなり、消滅させてしまわんことにはどうにもなるまい。エルヴィーラ殿、御助力願えますかな?」
「はい、我ら二人の攻撃で向こうがどう反応するか、見てみるとしましょう」
直ぐに二人の魔道の詠唱が始まる。
≪古代言語理解LV5≫では、ようやくところどころ聞き取れる程度だった。
純粋な意味での言語ではないため、
二人の詠唱な一言一句同じ。どうやら、同じ魔道の技を重ねるようだ。
詠唱は魔力塊から引き出した魔力を具象化する際のイメージングにとても有効であり、集中力を高め、より高度な術を成功させる確率を向上させる。
魔道を習って日が浅い未熟者のクロードにはまだ未知の領域であり、ここは黙って見守るしかない。
大気中を漂う魔力の粒子が二人の伝説級の魔道士のもとに集まってきている。
彼ら自身の魔力と周囲から集められた魔力が混ざり合い、そしてその性質を徐々に変えてゆく。
詠唱が終わった。
バル・タザルの右手とエルヴィーラの左手からそれぞれ青白い雷の束が幾重にも放射され、その眩い閃光で一瞬視界が奪われた。
ようやく目が慣れて、状況を確認すると、謎の球体はその動きを止めこそすれ、その体表には焦げ目一つ付いていない。
それに心なしか少し大きくなったようにも思える。
「なんと、信じられん。あれだけの雷撃を受け、無傷じゃと?」
「いえ、そうではありません。私たちの雷撃はあの球体に届く前に具象化を解除され、ほとんど吸収されてしまいました。機械神により付与された属性、あるいは私が知らないアヴェロエス独自の術かもしれません」
「魔力の具象化を強制解除……。しかも吸収となると、魔道の術による攻撃はかえって奴の力を強めてしまうことになるな。どうやら儂ら魔道士は、あの球体に関しては役立たずということか」
二人の視線がクロードに集まった。
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