第379話 伝説の魔道士
地表に姿を現した緑色の巨大な肉塊はそのまま空気を一杯に詰め込んだ風船のように宙に浮かんだ。
かなりの重量だと思うが、それを感じさせない浮遊感だった。
「クロード様、あれは魔道による≪浮遊≫。あの得体のしれない何かは魔道の術を使えるようです。魔石によりクリエイトされた魔物の中にはそういったものもおりますがあれだけ巨大な物体を浮かせるとなるとそれなりの魔力量が必要となるはずです」
エルヴィーラの言葉にクロードも無言でうなずいた。
バル・タザルの手ほどきでここ数年の間に飛躍的に向上した≪魔力感知≫で、あの緑色の球体を注意深く探ってみると、胎内に無数に散らばる小さな人工的魔力の中心に核となる巨大な魔力塊があることに気が付いた。
そん魔力塊だけはその波長が異なっており、大きさからいってもエルヴィーラやバル・タザルに匹敵する魔道士が潜んでいるのではないかとさえ考えられる状況だった。
しかし、緑色の球体からはなんら悪意や敵意のようなものは感じることができない。
ただふわふわと上昇を続け、やがて山々を見下ろすことができる高さで停止した。
緑色の球体が浮かんだその下には巨大な影が出来ていて、ちょうどクロード達がいた
そして急速に緑から黒にその体表の色を変えたと思うとその黒い表皮が食い破られ、中から新たな姿が現れた。
そのおぞましい姿にクロードは身震いした。
黒い表皮の下から現れたのは無数の魔物の姿であった。
球体の前面に不完全な形の魔物たちが
皮膚や体の部位が完全に創られぬまま球体の表面から生えているのだ。
それがプログラムによるものだとわかっていても目を背けたくなる苦悶の表情をそれぞれ浮かべ、呪詛のようなうめき声をあげている。
小鬼、一つ目巨人、
多種多様。
まるでこの異世界に存在するありとあらゆる種類の魔物の見本市のような状態だった。
魔物たちは肌色の球体と半ば同化し、そこから離れることができないようだった。
「長生きすると、本当に色々なことがある」
ため息混じりに現れたのは、バル・タザルだった。
「クロード様の≪念話≫、確かに聞こえましたぞ。今、白魔道教団の者たちに対応にあたらせております。連合国各国にも使いを遣りました」
「そうか、ありがとう。そして駆けつけてくれて助かった。正直、何が起こっているのかわからなくて、戸惑っていたところだ。とても心強いよ。導師には、あれが何かわからないか?」
「儂にもこの事態はまるで飲みこめぬが、ただ一つ確かなことがある。あれは……、あの物体の中心から感じる魔力は、アヴェロエス。我らにとっては魔道の開祖であり、伝説の魔道士と謳われる人物のものだ」
「アヴェロエス? そんな……、まさか。しかし、言われてみれば確かにあの魔力塊から伝わる魔力の波長には微かに彼の面影がある。若かりし頃のアヴェロエスに魔道の術を授けたのは我ら古エルフ族。どうして、今まで気が付くことができなかったのか」
「それは初耳でしたな。しかし気が付かなくても無理からぬこと。アヴェロエスは≪入寂≫後、魔道の道を究めんと人としての肉体だけでなく、その自我をも捨て去り、自然界に漂う魔力と一体化し、その力を高めることを目指しておりました。≪黒魔道の深淵≫グルノーグ、つまりデミューゴスに魔道対決で敗れた私は更なる力と秘術を求め、アヴェロエスを求めた時期がありましたが、そこで出会ったアヴェロエスはもはや人とは呼べぬ智を持った魔力そのものと化していたのですからな。エルヴィーラ殿が知るアヴェロエスとはおそらく別人と言っても過言ではないでしょう」
「しかし、何故アヴェロエスがあのようなことに?」
「それは儂にもわかりません。さらなる強大な力を求める心を何者かに利用されたか、あるいは狂気にとりつかれたとしか……」
エルヴィーラとバル・タザルの話に耳を傾けながら、如何にすべきか思案していると次なる変化が起きた。
バル・タザルに言わせればあれが伝説の魔道士アヴェロエスであるということだが、その風船のように丸みを帯びた肉体上でひしめき合う魔物たちの隙間から無数の肌色の触手を伸ばし始めたのだ。
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