第378話 現権限者の意図

細動。


クロードの常人を越える五感によってようやく感知できるような微かな揺れが床を伝わって感じられる。


その揺れはやがて少しずつ大きくなり、遂にはエルヴィーラたちも異変に気が付いたようだ。


ドクンッ。


この巨大すぎる施設内の床のほとんどを覆っている緑色の肉塊が一度大きく脈打ったかと思うと次第に膨らみ始めた。

その表面はぼこぼこと不規則に波打ち、一瞬その中のいくつかが人の顔のように見えた。

そして気になるのは、この緑色の塊の中に、無数の魔力の痕跡を感じることだ。

この異世界の生物が持つ魔力塊とはどうにも感じが違う。

強いて言うならば、リタが魔物をクリエイトする際の魔石が帯びた魔力の波長に近い。


「これは……、なにかまずいぞ!この場にいるのは危険だ」


普段冷静なオディロンが声を上げ、最大限の警戒を呼び掛けてくる。


クロードは≪次元回廊≫の入り口を作り出し、≪天空視≫で確認した地上の安全な場所にオディロンたちを退避させた。


その一方で、自身はこの場に残り直前まで状況を見定めようと決めた。

少なくとも物理的には不死である身であるし、この緑色の肉塊からは≪神力≫は感じない。

相手が自らと対等以上の≪神力≫の持ち主でない限り、≪神核≫に傷をつけられることは決してないはずなのだ。


機械神ゲームマスター≫にこの最終ミッションとやらをやらせている現権限者が、何らかの≪神≫であるなら、そのことは当然わかっているはずである。


現権限者になっている人物の意図が読めない。


俺が狙いではないのか?


緑色の肉塊が膨張する速度が一気に増してきた。


膨らみ脈打つ緑色の肉壁がクロードの体を押し始めた。


もうさすがに限界だろうと、≪次元回廊≫を使い、この施設のはるか上空に逃れた。


天空神業の≪飛翔≫でそのまま空中に留まり、成り行きを見守る。


「クロード様、御無事でしたか」


仮の肉体を捨て、幽体のような姿になったエルヴィーラがやってきた。

魔道の奥義である≪入寂にゅうじゃく≫を経た魔道士にとってはこの姿が本来の姿であるらしい。


「クロード様、これからいったい何が起こるのでしょう」


「わからない。あの≪機械神ゲームマスター≫について詳しいのはむしろお前たちの方だろう。あの緑の奇妙なものは一体何なんだ?」


「≪機械神ゲームマスター≫にできることは限られています。≪恩寵≫の運営管理と魔物の製造。≪機械神ゲームマスター≫が生み出したものである以上、魔物の一種だとは思うのですが、あのような魔物は登録されていないはず……」



施設の真上にあった地面が陥没し、土煙をあげた。


付近の森林地帯が丸ごと地面に引きずり込まれていく。

この辺りはミッドランド連合王国の構成国である鬼人族の国≪オーグラン≫に近く、その他の構成国にも被害が及びそうだった。


『バル・タザル!聞こえるか? 聞こえたなら、白魔道教団の魔道士を総動員して、これから起こる事態の対応にあたってくれ。何が起こるかわからないが、何かとてつもない事態が起こる予感がある!』


クロードは、習いたての魔道の≪念話≫ではなく、神々が意思疎通に使う≪念波≫とも≪霊波≫とも呼ばれるもので全方位、地平の先まで呼び掛けた。


これはバル・タザルに呼びかけるためだけに放ったのではない。

こうした波長に敏感な者、霊感的な力を有する者、魔道の心得がある者など少しでも多くの者たちに注意を呼び掛けるためだ。

明確とした意志としては伝わらなくても、虫の知らせ的な異変の予兆としての効果が有るのではないかと考えたのだ。



土煙が消える間もなく、例の緑色の肉塊が地上に顔を出した。

その表面はおぞましく蠢き、大小様々な凹凸が出来つつある。


上空から見た大きさは、もはやブロフォストなどの大都市に匹敵し、周辺の山々と肩を並べる高さにまで盛り上がってきた。


この膨張がどこまで続くのか。

まさか無限にということではないと思うが、このままでは魔境域全体に深刻な被害が出てしまう。


何か手を打たねばならない。

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