第371話 開歳月の慶事

開歳月かいさいげつ初日。

元の世界で言うところの元旦にあたる日なのだが、この異世界では特に祝い事というものはないらしい。


というのもこの暦は、闇エルフ族の先人が採集、農事などの利便性を高めるために用いていたものに手を加えたものにすぎないので、闇エルフ族以外にとってはまだ一般的なものとはなっていない。


その一年の始まりとなるこの日に、クロードのもとに思わぬ慶事が舞い込んできた。




「魔道士であるこの身にとって、信じがたいことが起きました。その……、ク、クロード様のお子を身籠りました」


夜、いつものように二人きりで過ごしていると、シルヴィアが突然打ち明けてきた。

その銀眼には、嬉しさと戸惑い、そして不安が入り混じったような複雑な感情が浮かんでいるように見えた。


「そ、そうだったのか」


驚きのあまり、気の利いた台詞など浮かんでこなかった。

先ほどまで考えていたことすべてが一瞬にしてすべて消え、頭の中が真っ白になってしまった。


「はい、二人でブロフォストを訪れた時にはその兆候に気が付いていましたが、常人とは異なる魔道士の身ゆえに妊娠などおおよそ考えられず、万が一そうであったとしても流れてしまう可能性が高かったので、打ち明けられませんでした……」


光の加減により塗りこめたような白にも白銀にも見える癖のない長い髪が揺れる。

彼女の瞳から涙の粒がこぼれそうになっているのを見て、クロードは執務机から立ち上がり、シルヴィアを強く抱きしめた。


「クロード様……」


シルヴィアが強く抱きしめ返してきた。




魔道士の女性の肉体はその独特な修練方法や食生活など、長きにわたる過酷な修行の中で、通常の女性とは異なる体質になっているため、子供などは望めないという話を付き合い始めた頃に、シルヴィアから前もって聞いていた。


月のものなどはその周期が驚くほど長く、魔道士としての力量が高まれば高まるほど長くなり、シルヴィアの場合は年に一度あるかないかであったそうだ。


長い魔道の歴史の中で女性の魔道士が妊娠し、無事出産したという話も皆無ではなかったものの、やはり俗世からの隔絶を善しとする白魔道の戒律と規範にあっては、稀という他は無かった。


「破門を覚悟で、教主バル・タザルにこのことを報告し、指示を仰いだところ、教主様はことのほかお喜びになられました。そして、お腹の子が無事に生まれて来るまで御自ら状態を診てくださるとのこと」


「そうか、シルヴィアが俺の子を宿しているなんて、バル・タザルは何も教えてくれなかったぞ」


「それは教主様の優しさゆえだと思います。安定期に入ったとのことですが、この子たちの発育はやはり通常よりも遅いようで、まだ油断はできないとのことなのです」


「この子たち?」


「はい、魔力塊の数から双子だと……」


シルヴィアのしなやかな手が、俺の右手を取り、下腹の辺りに導く。

まだ膨らんできた兆候もないように思えるが、本来どういう風になるのが正常なのか俺にはわからなかった。


クロードは意識を集中させ、注意深くシルヴィアの胎内の魔力の痕跡を探ってみたが、確かに小さな魔力塊が二つ感じ取ることができた。

小さいがそれぞれ力強く脈動しているのがわかる。


「ここに、俺の子が。それも双子……」


まだ実感のようなものはないが、嬉しくないはずはない。

だが、自分に子供ができたと聞かされるとなんだか面映ゆいような気恥ずかしさがこみあげてくる。


異世界に来て五年近くになるが、来た当初の自分はきっと元の世界に戻ることも無く、まさかこの地で父親になり、家族を持つ日が来るなどとは全く考えていなかったはずだ。


本当に人生とは何が起こるかわからないものだとクロードはひとり思った。







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