第369話 ブロフォストの行く末

ピュクラーの共和制に関する見解に、その場にいた全員が妙な顔をした。

商業ギルドの長などは、「どういうことだ」と怒りを率直に表した。

この人物はニコ・ハバーツ。

ギルド傘下の事業者の代表として、各組合員からの協賛金と供託金で議員権を買い、十三の議席に自分たちの意見を通すための席を確保する見通しになっている。


「皆様の戸惑いと怒りはごもっとも。共和制を提案したのは私なんですからね。だが、落ち着いて聞いてほしい。君主制が共和制にまさっていたのはこれまでの話。前提となる条件はすでに覆ってしまったのです」


「何が言いたい。もっとわかりやすく説明してくれ」


気が短いらしく、足を小刻みに揺らしながら、皺だらけの顔を紅潮させた商業ギルド長は、全く悪びれた様子の無いピュクラーを早口で急かしたてる。


「皆さん、視野をこのブロフォストから少し広げて物事を考えていただきたい。今、この周辺国で最も優れた力を持つ君主は誰でしょうか。クローデン王国旧領に乱立する貴族達でも、南のアヴァロニアでも、はたまた内戦が泥沼化しているらしい神聖ロサリア教国でもいいですよ。さらに遠く辺境の国家群、無学な私が知らない国でも結構です。今最も力を持つ君主は誰ですか?」


なぜ、統治体制の優劣を語るのに、このような質問をするのか皆戸惑いながらも、各々この問いに対する答えを出そうと考え始めた。


しかし、奇しくも周辺の強国はそれぞれ政治体制の転換期を迎えており、これだという人物の名が浮かばないようだった。

各地方を治める旧クローデン王国の貴族達にしても同様である。

もっとも最有力とみられているディーデリヒ公爵やそれに次ぐ力を持つとみられるアルニム伯爵家ですら、自領をまとめるのがやっとで旧領内の勢力をまとめ上げるには至っていない。


「ミッドランド連合王国及びアウラディア王国国王。ここにおられるクロード様ですね」


沈黙を破ったのは、ヘルマン・レームのよく通る明るい声だった。


「その通り。貴方と貴方のお父上は魔境域侵攻の前に、クローデン王国を引き払い、その本拠を魔境域内に移したと先ほど伺いましたが、それはなぜですか? 私は貴方のお父上と懇意にさせていただいており、その人となりは理解しているつもりです。財政難に陥る王侯貴族と距離を置くなど、とても思慮深く、人の何倍もの用心を常に心がけている。マルクスが長く根差したこのブロフォストを離れたのは何が決め手だったのでしょう?」


「この国の王侯貴族たちと縁を切り、ブロフォストを離れることを提案したのはこの私です。父マルクスがなぜ、若輩者の私の意見をすんなりと受け入れたのかはわかりませんが、私がその決断に至った理由については語ることができます。理由は大きく二つ。それは実際にここにいるクロード様とある縁で知り合い、その後のご活躍を知る幸運があったことが一つ。もう一つは、このクロード様が治める都、アステリアに大いなる可能性を感じたこと。他にもたくさん肯定的な理由はありますが、これ以上語る必要はないでしょう。皆さんも自分の目でご覧になったはずだ。いかなる防備も、屈強な軍勢もまるで意味をなさないクロード王陛下の御力を」


「そう、ここにいるクロード様を上回るような存在が他勢力に現れない限り、この共和政は内外部からの武力的干渉によって揺らぐことがない。皆様も聞いたと思いますが、先の会合で共和制の脅威となる存在が現れた場合、その全てを退けると約束してくださってますからね。しかもクロード様は魔境域内にあるという国家の元首でもあられる。このお方の庇護下にあるブロフォストの行く末は明るい。そう思いませんか、皆さん?」


「しかし、それでは結局、異国の王に支配されていることと何も変わらんではないか。よりにもよってその男が我らにとって因縁ある魔境域の王だなどとは聞いていなかったぞ」


ブロフォストにある古くからの名士で富豪でもあるらしい、確かミロラスフスと名乗っていた人物が声を上げた。


「支配? ところがそうでもないのですよ。私の当初の考えは、このクロード様にブロフォストの玉座に君臨していただき、私は道化としてでも飼っていただく腹づもりでしたが、この欲のないお方はそれを拒絶されました。前提として、侵攻してきた公爵軍をその超人的な力で壊滅させ、ディーデリヒの首を挙げるよう提案しましたが、これもまた拒絶。何とも扱いにくいお人だ。なにより、このブロフォストについても軌道に乗ったら議員の地位を降りると言ってるんですよ」


ピュクラーはお道化どけているのか、落胆しているのかわからない様子で周囲の懸念を否定して見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る