第368話 絵空事の共和制

「全て、ピュクラーの言う通りになった。感謝する」


ディーデリヒを公爵領に帰した後、軍議の間にてクロードはピュクラーに礼を言った。


「いえ、私は何もしておりません。ディーデリヒの為人ひととなりと考え方について私見を述べたまで。五千の兵を退け、ディーデリヒを生け捕りにし、交渉を取りまとめたのは全てクロード様の功績。そのことに、この場の誰も異論はありますまい」


ピュクラーは恭しくそう述べると周囲の者たちに同意を促した。


この軍議の間に集まっているのは当初集められた有力者たちから更に絞った十人だった。

これに、クロードとヘルマン・レーム、そしてピュクラーを加えた十三人の議員からなる共和制によって、このブロフォストの統治を始めてみることに話はまとまったのである。


人数が十三なのは多数決時に同数で割れないようにするためであり、この数はしばらく統治を進めていく中で適した人数に改めていくことに決まった。


議員の地位を得るためには金貨五百枚を納めなければならないという条件もこの人数に落ち着いた理由だった。

ブロフォストを復興し、運営していくためには財源が必要であるし、それだけの資産を持つ人物でなければ到底務まらないと考えたのだ。


元にいた世界のように教育が行き届いておらず、識字率も低い現段階ではこれが精いっぱいだろう。

現時点で全住民に選挙権を与えるなどしても、民主的な共和制にはならない。

元の世界の歴史を見てもそれは明らかで、市民の意識が自然に高まっていくのを待つ他は無い。


ある程度の文化的成熟を待ちつつ、緩やかに移行させるべきだとクロードは考えた。


任期は十年。

終生保障の地位ではない。

この十年のために金貨五百枚を国庫に供出する価値があるかどうかは未知数だったが、少なくともこの条件を飲んでもいいと思えた人物が十人はいたことになる。


クロードはピュクラーの分も合わせて金貨千枚を支払うことにしたが、これにはさすがのピュクラーも再三固辞し続けていた。

ピュクラーにしてみれば、金貨五百枚を払ってもらってもありがたくないようで、むしろ迷惑そうだった。

ピュクラーとはまだ知り合って間がないが、年金と引き換えに代々の所領を放棄したといった様々なエピソードとその言動から、他者より優越的な状況を好みつつも、自らは責任ある当事者的立場にあることを嫌う性質があるように思われたので、少々強引な手を使わせてもらった。


逆に言えばそれほどまでに、クロードはピュクラーを買っていたのだった。



議員は投票で執政官を一名選び、その執政官が議長をも兼ねる。


現時点で決まっているのはこれだけであるが、如何なる統治をおこなうかは追々形になって見えて来ることだろう。


「それにしても、ディーデリヒはよくもこの提案を飲みましたね。大人しすぎて、少し不気味なくらいです」


ヘルマンは屈託のない笑顔を見せながら感想を漏らした。


この若き大商会の会長はクロードとそれほど変わらない年齢でありながら、堂々とした態度で、周りの年長者たちに臆した様子は微塵も感じられなかった。

前会長のマルクスによって厳しく育てられ、自らも現場からのたたき上げである。


この十三人の中では最年少でありながら、言うべきことは言うぞという意思が見える。


「共和制というところが肝心なのです。ディーデリヒにしてみれば自分以外の何者にも玉座に昇らせたくはないのでしょう。逆に言えば、王を名乗る者がいなければそれで溜飲が下がる。どうせ共和制など上手くいくはずもないし、しばらく預けておいても良いとそう考えたのでしょう」


ピュクラーはさも当然というような顔で説明した。


「共和制というのはそんなにも難しいのですか?」


「そうですね。この大陸史を紐解いても成功した例はありません。王や君主を追放し、共和制を布いた事例はあっても、結局長続きせず、君主制に戻ってしまう。それにはある共通した原因があると考えているのですが……、聞きますか?長くなりますよ」


「恩寵とスキルの存在……」


クロードはふと思いついたまま、口にしてみた。

元の世界に無くて、この異世界にだけあるもの。


これにはピュクラーも驚いたような顔をしていた。


「そう、まさに今クロード様が言った通り。まあ、あのディーデリヒやエグモントなどは≪異界渡り≫の血を引いているので特別としても、私たち個人個人もその能力に著しい差がある。持って生まれた差もそうなのでしょうが恩寵によって得られるスキルや能力の向上はもはや覆しがたい力の差を生み出してしまう。どういう仕組みになっているのか私にはわかりませんが、時として市民の団結をものともしないような超人的な存在が生まれてしまう。同じ種族とはもはや思えないほどにね。突出した能力の持ち主が、自分より劣る者たちと対等であることに甘んじるということは稀でしょう。連帯や共和などという考え方はある程度対等の者同士で生まれるもの。この世界の有様を考えると共和制など本当は絵空事。君主制こそ自然な姿なんです」


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