第367話 二つの提案

ディーデリヒは、一刀両断になった玉座に歩み寄り、しばらく呆然としていたがどこか憑き物がとれたような顔つきで逆に少し落ち着いたように見えた。

ただ意気消沈しただけかもしれないが、彼から発せられていた敵意が少し弱くなったのだ。


クロードはディーデリヒに二つの提案をした。


一つ目は、ディーデリヒに自ら、公王を名乗り、公爵領に公国を建国すること。

二つ目は、その公国とブロフォストに新たにできる共和国との間に不可侵条約と同盟を結び、正常な国交を持つこと。


その他にも、公爵派の貴族を結集させ、その公国に取り込むなりして治安の回復に努めてほしいなど要望を伝えたが、それらをすべて聞き終えた後、ディーデリヒが発した言葉は「それが貴様にとって、何の得になるのだ?」だった。


クロードはその質問に素直に答えたが、その答えにディーデリヒが心底納得したかはわからない。


クロードにはこの旧クローデン王国全土を支配しようなどという野心や欲などは無かったし、今回のブロフォスト占拠も困窮する民を見かねてのことだと説明したが、所詮きれいごとと切り捨てられてもしょうがない話になってしまったからだ。


ただ、これらの提案はディーデリヒにとっても目から鱗であった部分もあったようだ。


「なるほど、公国か。たしかにクローデン王国の復興に固執するよりも現実的ではある。公爵領は、旧王領と隣り合っているし、北東方面の脅威が取り去られた上に、人や物の行き来も正常化するのであれば有益な面も多いな」


ディーデリヒから、スキル≪危険察知≫に引っかかるような悪意のたぐいが消えた。

もう一息といったところか。


「貴族たちの中でも最大の領土を持つ貴方との良好な関係は他の貴族達への牽制になる。旧王領と隣接する貴族たちもおいそれとこのブロフォストに手を出せなくなるだろう。どうだ、お互いにとって悪い話ではないと思うが……」


ディーデリヒはその場で腕組みし、沈黙してしまった。

今、彼の頭の中では様々なことを秤にかけた損得勘定が行われているのだろう。


「返事は急がなくてもいい。領地に帰り、家臣たちとゆっくりと相談の上、決めてくれ。もうすでに存在しない国の玉座などに固執してないで、貴方を主と認めてくれる民とその暮らしにもっと目を向けてほしい。クローデン王国がなぜ滅びたのか、その一因は俺にもあったのかもしれないが、最大の理由は長年の悪政で王家が民の信望を失ったことにあるのではないか。今度は貴方の領民に貴方自身が見限られないように自領を富ませ、秩序の回復に努めてほしい。俺が望むのはそれだけだ」


ディーデリヒは俺の言葉を黙って聞いていたが、その顔には明らかにいらだちと不満がうかがえた。

その心中は、そんなことを余所者のお前に言われたくはないといった感じだろう。


「私の答えはもうすでに決まっている。今は甘んじて、お前の提案を受け入れよう。他に選択肢など無いようだからな。もともと商業連合による支配が崩壊しなければ、私はブロフォストに攻め入るつもりなど無かったのだ。公爵領に旧王領を取り込みつつ、盤石の態勢になってから、商業連合に降伏を促すつもりであった。お前の公王を名乗るという案は悪くなかった。貴族たちを従えるには権威付けが必要であるし、南のアヴァロニア帝国にもある程度の睨みが利く。彼の国も政情定かならぬがまことに油断がならぬ存在なのだ」


こうして、最後まで笑みを見せなかったディーデリヒとの話はまとまった。

内容は後日、正式な会談を設け、詳細を詰めた上で、文書で取り交わされることになった。



「いいか。ブロフォストはお前たちに一時的に預けておくだけだ。いずれ、必ず我が物にして見せる」


≪次元回廊≫でディーデリヒを公爵領に送り、その別れぎわ、彼がクロードに残した言葉がこれだった。


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