第364話 ひとかどの人物

旧王都が何者かの手によって陥落したという事実がブロフォスト周辺の領地貴族たちに伝わるまで、それほどの時間は要しなかった。


今は千々に乱れた国内情勢ではあるが、領地貴族たちにとってやはりブロフォストは権力の象徴であり、その動向は常に気になっていたようだ。

その中でも力ある領地貴族たちは各々、間者や魔道士の斥候を潜ませており、隙あらばブロフォストの主の座におさまろうと虎視眈々と狙っていたのだ。


貴族達の中でも最初に動き出したのは、公爵のディーデリヒだった。

白魔道教団の魔道士が知らせてくれたところによると、その軍勢の数はおよそ五千。

ブロフォストから、行軍速度にして三日ほどの位置を進行中とのことであった。


ディーデリヒ公爵という名には少し覚えがある。

魔境域侵攻の際のクローデン王国軍の最高責任者ではなかったか。



公爵の領地は、ブロフォストを中心とする王領に接しており、その面積も並みいる貴族たちを上回る面積であったらしい。

国王だったエグモントとは縁戚で、祖王クロード一世とその子たちを除けば、もっと色濃くその血を受け継ぐ人物の一人でもあった。

実際、他の者にはない不思議な力を持っていて、宮廷内でも恐れられていた。



この説明をクロードにしてくれたのは、ピュクラーという元貴族の男である。

ピュクラーは、先祖代々の領地を王家に返上するかわりに、男爵の地位と年金を保障されていたが、クローデン王国崩壊と共にそのどちらも失った。


しかし、商人たちからの借金で首が回らなくなっていた他の貴族達と異なり、かなりの貯えを持っていたため、独自に私兵を雇い、商業連合とは距離を取りながら、割と悠々自適の生活を送っていたようだ。


貴族時代から、マルクス・レームと親交があり、美術品などの知識と優れた鑑定眼を買われて、出自不明の品を手に入れた際などは、よく相談に乗ってもらっていたらしい。


四十代半ばくらいの中肉中背。

髪はやや薄く、禿げかかっているが身だしなみは整っていて、服装はとても上品で、立ち居振る舞いはとても優雅だ。

ハンサムと言えなくもなく、表情豊かで社交家だった。


クローデン王国時代の宮廷を知る数少ない人材で、ピュクラーのような人物がこの王都に残っていてくれたことは、クロードにとってまさに僥倖ぎょうこうだった。


「ピュクラーさん、ディーデリヒはどのような人物ですか」


「クロード様、ピュクラーと呼び捨てで結構ですよ。もはや私は貴族ではありませんし、それにこの場にいて未だ態度を決めかけている他の方々と違って、私は貴方に賭けることを決めた。いえね、こう見えて人を見る目と先々の時流をとらえることには長けていると自負しているのですよ。その私の直感が告げている。勝ち馬はこちらだぞとね」


ピュクラーは、大げさに周囲の人々を見渡し、芝居がかった口調で言い放った。

そして、一番最初にクロード支持を打ち出したのは自分であるぞと胸を張ってみせ、話を続けた。


「ディーデリヒの人柄についてですが、まあ、あまり気持ちの良い人物ではありません。徹底した血統主義者で、野心家でもあります。公爵派と呼ばれる貴族たちを結集し、宮廷内に派閥を作り出したほか、国王の権力を削ぐことばかりに注力していたように私の目には映りました。ああ、これは私がかつて国王派の貴族だったからではありません。公平な見地に立った意見です」


「ディーデリヒは国王になりたかったわけか」


「はい、幼少期よりエグモント王と比べられて育ち、そして周囲の評価も王よりも優れていると評判でしたから、本人も祖王の血をより濃く引く者であると周囲に触れ回っていたようです。私も公爵本人からの引き抜き工作で直接何度も聞いているので間違いありません」


「ディーデリヒは、ブロフォストとこの国の玉座に執着しているということだな。話し合いの余地はなさそうか?」


「はい、確認の使者をよこすわけでもなく、直接軍勢を率いてきたわけですから、他の貴族達にも、そして貴方様にも玉座を奪われる気はないという強い意思の表れかと。歯向かう者は皆殺しにし、その足で玉座を手にする。まあ、そういった考えではないかと思います」


ピュクラーは背もたれに深く腰を掛け、大きく息を吐いた。


「また、戦になるのか。このブロフォストには何の備えも無いんだぞ。五千の精兵に対抗する兵力も兵糧などの備えも無い。どうする気だ!これだったら、商業連合の支配下にあった方がまだマシだった。違うか?」


初老の男が立ちあがり、大声を上げると何人かが賛同の声を上げた。

確か商業ギルドの長と、その取り巻きの商人たちだったか。


「このブロフォストの人口はどれほどだとお思いか!」


ピュクラーは突如、表情を厳しいものにし、一喝した。


「このブロフォストにはかつてほどではないまでも十万に迫る数の人間が住んでいる。その全員が手に武器を取り立ち上がったなら、いかに精兵と言えどもたかが五千。ブロフォストは堅固な城壁に囲まれ、幾度もの侵攻を防いできた。どこに恐れる理由があろうか。しかも、我らには祖王クロード一世の神霊が認めたこのクロード様がいる。ディーデリヒなど恐れるに足らん!」


大した役者ぶりである。

ピュクラーの言葉に反論する者は無く、一同は平静さを取り戻したようであった。


実際は元にいた世界と異なり、一般の人々と職業軍人の間にはスキルや能力値などの差があるため、単純な兵数の問題にはなりえないのだが、言葉の勢いと自信ありげな態度で上手く場を納めてしまった。

祖王クロード一世を持ち出してきた辺りも上手い。

とにかくこのブロフォストでは祖王クロード一世は神格化されており、その名を出されると反論の余地がなくなるようなところがある。


これまでの振る舞いを見る限り、このピュクラーは、胡散臭いところもあるが、このブロフォストの人材の中ではひとかどの人物であるようだった。


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