第363話 議論の中

商業連合による支配は瓦解がかいしたが、そのことをもってすぐにクロードがブロフォストを掌握したことにはならない。


この歴史あるブロフォストの裏社会を密かに陰で牛耳っていた≪這い寄る根≫という組織の全てを手にしたとはいえ、それはあくまで裏社会の話。


人口十万を超えるこのブロフォストの民たちが信託し、認めてくれなくては何者もこの都市の支配者とはなりえないのである。


無論、今この都市の防衛力を考えればアウラディア王国の軍事力を導入し、占領による実効支配という形も可能ではあるが、そうした手段はとりたくなかった。


アウラディア王国はあくまでも原則外政不干渉の姿勢を貫きたかったし、諸外国や旧クローデン王国の貴族達から侵略行為であるとは見なされたくなかったのである。


クロードとしては、自らがこの都市を統治するという形にこだわりがあるわけではなく、他に相応しい人物がいるのであれば、その人物に委ねたいとさえ思っていた。


ゆえに、クロードはベルクバーランド城にこのブロフォスト中の有力者、名士を集め、意見を聞く機会を設けた。


招待する人間の選定については、レーム商会の現会長であるヘルマンとその父マルクスの力を借りた。


特に前会長だったマルクス・レームは多方面に顔が利き、集まった地元の有力者たちに対して圧倒的な手腕と発言力を発揮してくれたのだった。


このブロフォストをいかに統治し、未だ混迷を極める旧クローデン王国内において独立を保っていくのか夜通しの議論が交わされた。


都市の防衛、経済、民生など問題は山積である。

話し合いが進むほどに、克服し難い現実に直面し、議論は度々暗礁に乗り上げた。


クロードはあくまでも≪異界渡り≫の異能を持つ元冒険者で、ブロフォストの惨状を見かねて商業連合の支配から解き放った人物としてのみ紹介されてこの場に居り、余計な口を挟まず、しばらく有力者たちの議論に耳を傾けていた。


バル・タザルが仕組んだ魔道の術による、クロード一世の幻影が語った言葉とあの演出により、クロードは一部の者から怪しまれながらも、祖王の加護を受けた人物であると決して軽くはない扱いを受けていたので、白熱する議論の中で、クロードを新たな君主とする案も出るには出たが、自らの考えは表明しなかった。


こうしてこの場にいるブロフォストの有力者たちを眺めて見ると、マルクスたちの人選ということもあってか商業関係の人材に偏っているようだった。


貴族はもとより、宮廷勤めの者などもほとんどいない。

多くはブロフォスト外に逃げ去ったり、殺されたりしたそうだ。


全体をまとめうるだけの突出した力を持った人材がいない。

この中の人間たちでいうならば、レーム商会を率いるヘルマンが財力においては頭一つ抜け出ているが、権力の座に対する興味は皆無のようだ。


この場に集まった商会の関係者や様々な組合の長、古くからの名士などそう言った人々は、それぞれ持論を語りはするものの、この先どうやってブロフォストの独立を保っていけばいいかの具体的な話になると途端に口をつぐんでしまう。


そして、思い出したかのようにクロードの方に視線を向けるのだった。


単身で商業連合から支配権を取り上げた≪異界渡り≫としての人知を超えた力や商業連合から収奪した財貨を当てにされている部分もあるのかもしれないが、あくまでも自分は余所者である。


王家や貴族たちのように権威付けは無いし、武力を背景とした統治でないならば、本来、このブロフォストの首長たり得る筋合いの人間ではないのだ。


会議は踊る、されど進まず。


回りくどくなってしまうが、綺麗ごとを通そうとするならば段階を踏まなければならない。



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