第362話 クロードの提案

どうしたものか。

≪這い寄る根≫の崩壊によって出る犠牲者がでないようにする方策はあるのか。

構成員の詳細もその所在地もわからないのでは、きっと後手後手になってしまうに違いない。


「陛下、いやクロードよ。なんとかこのザスキアの命を見逃してはもらえんか? たしかにこれまで犯してきた罪は決して許されるものではない。しかし、彼女にそれをさせた者たちがおるのも事実だ。儂も見て見ぬ振りをしてきたわけではあるが、祖王クロード一世とその子孫たち、そして貴族や豪商たちなど、誰もがザスキアたちを良いように利用してきたのだ。ザスキアは自らの生きる糧としてだけではなく、庇護下においておる者たちのために己の手を染めたようなところもある。この後は一切罪を犯させぬということで手を打つわけにはいかんか? 儂のような年寄りには、数少ない顔見知りの死が何よりも堪える……」


バル・タザルが神妙な顔で懇願してきたが、ザスキアは首を振り、仕草でそれを制した。


「バル・タザル、気持ちは嬉しいですが、もう良いのです。私はもう疲れました。誰からも愛されず、誰も愛さず、忌避され、悠久の時を彷徨う。そんな生に疲れ果てました。私一人の生命で償える罪の大きさではないことは十分にわかっているつもりです。しかし、それでもけじめをつけたいのです。さあ、クロード王よ。私の首を刎ねてください」


ザスキアは跪き、自ら襟元を広げるとその首を前に突き出した。


言動、その立ち居振る舞いを見ると彼女自身から邪悪さは感じられない。

むしろ、そういった組織の首領であることが信じられないほどに理性的で、分別をわきまえた人物であるように思う。


「少し考えさせてくれないか。どうにも、あなたを殺さなければならないほどの理由を見つけられない」


いや、もし元にいた世界の法に照らし合わせたなら、死に値するのかもしれないが、少なくとも≪這い寄る根≫によって自分が不利益を被ったわけでも、その犯罪を目の当たりにしたわけでもないため、そういった感情が今は無いだけであることはわかっている。

著しく不公正で、実際に不利益を被った人たちを無視した個人的な発言だ。

実際に罪状を調べ上げ、被害にあった人たちの話を聞いたら、同じことが言えるかどうか自分にもわからない。


「クロード様、私はあなたが思っているような者ではありません。今、貴方に見せている姿は仮の姿。本当の私は、正に邪悪の権化。抑えきれぬ殺戮衝動と狂暴性を身に宿した怪物の中の怪物なのです」


ザスキアの表情にようやく哀しみのようなものが微かに浮かんだ気がした。


「そのようには見えないが……」


「月が満ち、中天に瞬く時、私は自我を失います。月の光によって、血を求め、殺戮を楽しむ本性が暴きだされてしまうのです。本能の赴くままに獲物を求め、血の喝采に酔う。満月の夜は側近たちですら私を恐れて近寄りません。その状態の私の周囲に存在できる生命など無いことを知っているからです。なぜこのようなさがを持ち生まれてきたのか私にはわかりません。ですが、物心がついてから祖王クロード一世に出会うまで、それが悪であることを知らぬまま衝動に身を任せ、多くの命を意味も無く奪い続けてきたのです」


ザスキアは無表情のままだったが、右の目から一筋の涙が伝って落ちた。


なるほど、クロード一世の仲間の一人でありながら、英雄譚に語られなかった理由となる彼女の性状とは、このようなものであったのか。

にわかには信じがたい話だが、彼女が嘘を言っているようには見えない。


「このザスキアは満月の夜になると、自ら作らせた牢に籠り、今は無駄な殺生を行わぬように戒めておる。この白髪頭が何よりの証拠じゃ。本来は赤髪なのだが、人の血を長く摂取しなければこうなってしまうのだそうだ」


バル・タザルはどうあっても彼女を死なせたくないらしい。


「話を少し変えよう。ザスキア、お前の組織についてだが、構成員たちの行動についてどの程度掌握している? お前の命令はどの程度の強制力を持つのだ? 」


「私の言葉と組織の掟は絶対です。私が死ねと言えば、皆喜んで命を捧げるでしょう」



クロードは一度深呼吸をし、バル・タザルに対する肩入れしたい気持ちやザスキアたちに対する同情など自分の中にあった感情を外に追いやろうとした。

そして、その上でどうするのが最善か考えようとしたのだ。


「わかった。では、こうしよう。ザスキア、やはりお前は殺さないことにする。その代わり、≪這い寄る根≫とそれに連なる組織の全てを俺がもらい受ける。お前は俺の副官として、俺の指示のもと組織を運用しろ。組織の構成員は、俺の直属の家臣として全員、召し抱える。これで、どうだ」


「な、何を……」


クロードの提案にさすがのザスキアも目を見開いた。


「恐れながら、私の話を聞いていなかったのですか」


「いや、聞いていた。満月の夜に自我を失うというのは、牢のようなところに籠れば、やり過ごせるのだろう。それにどうしても衝動に耐えられなくなったら、俺が相手をしよう。因果な話だが、殺されても死ねない存在になってしまったから、俺の心配なら不要だ。生き血が必要というなら、俺のをいくらでもやる。それよりも、これだけ大規模な組織を従えるお前の才を買いたい。ただし今後一切悪事からは足を洗ってもらうがな。お前たち以上の怪物である俺が自分の目で責任をもってお前たちの行動を監視する。これで問題ないだろう。正直言って、三つの玉座は俺には重荷すぎる。力を貸してほしいんだ、駄目か?」


ザスキアはあっけにとられた様子で、クロードとバル・タザルの顔を交互に見た。

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