第361話 首領ザスキアの処遇

ザスキアの手下たちによって捕縛された商会の会長たちやその幹部は、ひとまず城内の牢獄に一時的に閉じ込めておくこととした。


彼らをどうするかについては少し考える時間が欲しい。


この後、ザスキアの手下たちによる城内の制圧が行われたが、これは予め計画され、ある程度準備がなされていたようであった。


商業連合が暴走し、思惑と異なる行動に出た場合、この城をいつでも奪えるようにしていたのだとバル・タザルは胸を張った。


ザスキアの手下十数人が予め私兵に扮して城内に紛れ込んでおり、城内で様々な工作をするとともに、手引きをして手勢を地下水路などから密かに引き入れたらしい。


話に聞けばクロードのブロフォストにおける一連の行動は、バル・タザルによって一挙手一投足筒抜けだったようで、その指示のもとザスキアが陰で動いていたようだった。


ザスキアの手勢は五十名足らずであったが、その一人一人が恐るべき技量と異能を備えており、金目当てに集まった傭兵くずれの私兵たちなどまるで相手にならなかった。


元にいた世界と異なり、各個人の間にはスキルや能力値の格差があるため、兵の数よりもその質が戦況を大きく左右してしまう。


城内を警備していた私兵たちもまだ相当数おり、彼らも最初は激しく抵抗したのだが、雇い主がどうなったかを知ると無駄な抵抗を止め、あっさりと降伏し始めた。


報酬が全てである私兵たちからしてみれば、ただ働きの上、怪我をしては割に合わないということであろう。


この城は今、詰めかけた群衆に囲まれており、城から出ることもできない。

途方に暮れた様子の私兵たちは、群衆に引き渡すことだけはやめて欲しいと必死に懇願していた。



こうしてバル・タザルや≪這い寄る根≫の者たちの思わぬ行動により、ベルクバーランド城内を制圧することに苦労せずして成功したクロードであったが、看過できぬ問題が残っていた。


≪這い寄る根≫とその首領ザスキアの処遇である。


城内の速やかな制圧に貢献してくれたことはありがたかったが、その功績を持って無罪放免とするには、あまりにも危険すぎる組織だった。


クローデン王国が滅びた今も尚、その旧領各地にその影響力を持つという組織。

報酬に見合えばどんな悪行も請け負うというし、様々な犯罪集団の元締めのようなこともしているという。


ベルクバーランド城制圧の手際の良さを見れば、組織の有する実力はかなりのものであることがわかるが、だからこそ、その力の向かう先が平穏に暮らすことを望む人々に向けられてはならないのだ。


そして何よりこのザスキアという女が得体が知れない。


左右異なる色を持つ瞳は、その若々しい顔とは不釣り合いなほど老成している。

感情の起伏がまるで読み取れない。

これと言って特徴が浮かばないその地味で平坦な顔立ちにも表情は無く、どこか不気味さを感じる。

しかもよくよく探ってみると上位の魔道士に匹敵する魔力塊の他に、ごく微量ではあるが≪神力しんりき≫まで有しているのである。


存続を許しておくわけにはいかない犯罪組織とその奇怪な首領。

どう扱うべきか。


「バル・タザルからあなたについてはおおよそのことを聞いています。あなたがその気になれば、この組織に所属する全員を容易く皆殺しにできる力を持った御方であることもこの目で確かめさせていただきました。その上で、アウラディアの王にして、中原ミッドランドの王たるクロード様に申し上げたい。私を含めた組織の者たちの処遇について、どうかこの首一つでおさめてもらうわけにはいかないでしょうか」


こちらの思惑を察したかのようにザスキアが先に口を開いた。


彼女の他にはクロードとバル・タザルしかいない、がらんとした玉座の間に無機質な声が響く。


「自らの命と引き換えに組織を残してほしいと、そう言っているのか?」


「そうではありません。組織は私が死ねば、自然と崩壊へ向かうでしょう。私への忠誠、崇拝、恩義、恐怖そういった形のない、しかし確かなものによってのみ結びついた集団。全容を知る者も私一人。他の者たちは私を介して結びついているにすぎないのです。私が望むのは、彼ら組織に連なる者たちがこの世界で生き続けていくことを許していただくこと。私同様出自が定かならぬ怪物、亜人、亜人との混血、差別部落民、奴隷出身者、奇病により著しく容姿が崩れてしまった者など、おおよそ日の当たる場所では生きられぬ者たちが多い。彼らがこの後どうなるかはわかりませんが、彼らに死に場所を選ぶ権利を与えていただきたいのです」


ザスキアの声と顔には、如何なる感情も現れていないようであったが、話の内容が妙に心に響いてくる。


「それはできない。今の話から推測するとお前が死ねば組織の者たちは統制が取れなくなるのだろう。 その余波が無辜むこの民に向かわないという保証はあるのか?」


「保証はしかねます。しかし、あなたの言う無辜の民と私の組織の者たちにいかなる違いがあるでしょうか。日の当たる場所から追いやられ、闇に逃げ込むしかなかった者たち。彼らとてもただ生きていたいだけなのです。人と異なる性状を持って生まれた者には生きる権利など無いのでしょうか。私が死ねば、配下の者たちは皆、組織から離れていくでしょう。その彼らが今後いかに生き、そして死のうともそれは各自の人生の閉じ方。怪物だとみなされ退治されたり、罪を犯して処罰されたり、辺境に追放され野垂れ死ぬ者もいる一方で、幸運にも生き延びる者もいるかもしれません。私はその儚い幸運の導きが彼らにあることを願うだけです」


同情すべき点がないわけではないが、だからと言って生きるために行う悪事を正当化してもいいということにはならないのではないだろうか。


彼らの行った悪業で、さらに多くの人達が不幸に陥ったわけである。


不幸の連鎖。


どこかで断ち切ろうとしなければ、この異世界に暮らす人々の悲しみは増すばかりだろう。

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