第360話 バル・タザルの願い

クローデン王国建国時より、それが滅び去った今日に至るまでの三百年を超える年月で、≪這い寄る根≫と呼ばれるその組織は人知れず水面下で少しずつ大きくなり続けた。


構成員の数は決して多くは無い。

しかし、表の社会で何らかのの理由から生きられぬ異能や生い立ちを持つ者からなるこの組織は、皮肉なことにその表の世界に住む者たちから必要とされ、重宝がられた。


善人のような顔をして生きる人々には決して行うことのできない血濡れのおぞましい悪行を報酬次第で請け負ってくれるという組織。


この組織がたった一人から始まったことを知る人物は、本人を除けばただ一人、バル・タザルだけである。


≪這い寄る根≫の首魁ザスキアは、クロード一世が当時邪神とみなされていたルオネラやその眷属たちと激しい戦いを繰り広げていた時の仲間であったらしい。


≪神狼に育てられし勇者≫クロード・アルザレス。

≪白魔道を極めし者≫バル・タザル。

≪黒魔道の深淵≫グルノーグ。

≪ロサリアの聖騎士≫ファビアン。

≪エルフの射手≫フローランド。

≪鍛冶王≫ゴールドール。


クロード一世の英雄譚に語られる仲間はこの六人であったが、実はこのほかにもう一人存在し、それがザスキアだった。


ザスキアは主に斥候と敵陣への潜入及び様々な工作等を任されていたが、その出自は謎に包まれており、人の血を飲まなければ生きられないという特異体質と英雄譚に相応しくないとされるある性状からその存在は伏せられ、やがて人々の記憶から完全に忘れ去られてしまったのだという。


「かつて、この城で≪黒魔道の深淵≫グルノーグ、すなわちあのデミューゴスと雌雄を決する戦いが行われた際に、深手を負い死にかけていた儂を救い、匿ってくれたのも、このザスキアじゃった。あの時、彼女に救われていなければ今の儂は無い」


玉座の間に戻り、改めてその玉座に身を置いたクロードにバル・タザルは今回の一連の騒動の裏を全て語ってくれた。



かねてよりクローデン王国の衰退に心を痛めていたバル・タザルは、先のクローデン王国による魔境域侵攻の動きがあったことをきっかけに今回の計画を思いついたようであった。


祖王クロード一世との友情から、その子孫が治めるクローデン王国の行く末を常に案じていたバル・タザルは、その子孫であるエグモント王の破滅を何とか阻止したいと考え、それと同時にかつて仲間たちと共に築き上げた思い出深いこの国を弟子であり、今の主君であるクロードになんとか委ねたいと願った。


魔境域侵攻の失敗を確信していたバル・タザルは、秘密裏に≪這い寄る根≫の首魁ザスキアと連絡を取り、今回の計画を秘密裏に進めた。


四大商会の会長たちが、王侯貴族により命を奪われるのを阻止した一方で、エグモント王とその家族が王城を無事脱出できるように手配した。


バル・タザルは、敬愛する祖王クロード一世の子孫であるエグモント王が借金踏み倒しによる殺戮や民衆への圧政を行う姿など見たくなかったらしい。


財政が破綻し、民心が離れたこの国を立て直す力が怠惰で治政に暗いエグモント王にはないと判断し、このまま王座に居座らせれば、やがて窮地に陥りその命を奪われることになるのではないかと危惧した。


実際に、ほとんどの貴族達は自領で豪族化し、その野心を隠すことなく自己の権利を主張し争い始めた。


戦に次ぐ戦。

大局が明らかになり、勢力の結集が図られれば、最後に勝者が欲するのは権威。

すなわちそれはブロフォストであり、かつての王城ベルクバーランドのあるこの玉座だ。


如何に≪異界渡り≫だった祖王クロード一世の血を受け継ぐエグモント王であっても、その血は薄まり、この最悪の局面を打開できるだけの個の力は無い。


エグモント王とその家族には、もはや権力闘争とはかかわりのない場所で静かな余生を過ごしてほしかった。

そして、エグモント王の命とブロフォストの民を戦乱から救うにはこの方法しかなかったのだとバル・タザルは肩を落としつつ、何の相談も無かったことをクロードに詫びた。





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