第359話 クローデン王国の闇

空気が破裂するような音を発して、革紐で編まれた一本鞭がデトマールの首と顔に巻き付いた。


「ぐえっ!」


その鞭の先を見ると黒装束に身を包んだ人物がいて、その巧みな鞭さばきでデトマールの体を引き寄せるとその喉元に刃物をあてがった。

その人物の顔はフードと口元を覆う黒い布で、どのような顔をしているか、ここからではわからない。


そもそもこの人物が玉座の間の人の列にいたという記憶は無く、気が付いた時にはもうこの場にいたという感じだった。


「へ、ヘルガ。貴様……、裏切る気か?」


顔に痛々しい赤い鞭の跡をつけたデトマールが苦々し気に背後の人物に問いかけた。


「裏切る? 最初から仲間であった覚えなどないが……」


低く、暗い。女の声だった。


ヘルガと呼ばれた女はデトマールの腕を背後に捻じり上げるとその体を石床に押し付け、身動きを封じた。


それと同時にその場にいた何人かが動き出し、それぞれ近くにいた者の身柄を押さえた。

羽交い絞めにされたり、刃物を突き付けられ身柄を押さえられた者たちは武装しており、デトマールやその他の商会会長の警護や護衛を任されている者たちだった。


「クロード様、お初にお目にかかります。ヘルガというのは偽名で、本当の名はありません。その時、その場所、その状況により名乗る名は変わります。今は便宜上、ヘルガと名乗っておくことにいたしましょう。私は、このブロフォスト、いえクローデン王国の闇。三百年にもわたる長すぎた歴史の歪みが生み出した暗部に潜み、その中でしか生きられぬ者たちを束ねる組織の長に当たる者です」


「クローデン王国の闇?」


「そうです。私同様、組織に名はありませんでしたが、その筋の限られた人間からは≪根≫、あるいは≪這い寄る根≫といつしかそう呼ばれるようになりました。口の悪い者たちからは≪暗殺者ギルド≫、あるいは≪盗賊ギルド≫などとも呼ばれることがあります。賭博、売春、人身売買、詐欺、脅迫、強要。報酬と見合えば殺人なども請け負います」


ヘルガの声は感情の無い機械のように淡々としていた。


クロードは≪鑑定眼(全技能)≫で、ヘルガと名乗る女のスキルを確認してみたが、名前の欄にはザスキアとあり、どうやらそれが本名であるらしかった。


スキル欄には多種多様なスキルが埋め尽くされていた。

≪鑑定眼(全技能)≫では能力値は見ることができないが、先ほどの動きを見る限り、決して低くはないだろう。

盗賊や斥候を連想させるスキルのほとんどは最高レベルの5だったし、武技や日常の営みに役立ちそうなものなども幅広く習得しており、レベルも高めであった。

≪鑑定眼≫も所持していることから、おそらく≪EXスキル≫と≪御業≫以外のスキルと能力値はもうすでに彼女には筒抜けになっている。


これまで見てきたこの異世界の住人たちの中で、これほど多くのスキルを一人の人間が所持しているのを自分以外では初めて見た気がする。


「ザスキア……」


鎌をかける様なクロードの呟きにヘルガを名乗った女は身じろぎひとつも見せなかったが、少しの沈黙のあと、フードを脱ぎ、顔の下半分を隠す覆面を外した。


現れたのは後ろで束ねた長い白髪とそれに似合わぬ意外なほどに若い女の顔だった。

何を考えているのか今一つ読み取れない左右金銀のオッドアイの瞳。


「驚きました。そのようなスキルをお持ちには見えませんでしたが、私の≪鑑定阻害かんていそがい≫を無視して、何らかの方法によりその名をお知りになったということですか」


低く、その容貌とは不似合いな声だった。

驚いたとは言うが、冷静そのもので感情にはさざ波一つ立っていないようだった。




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