第358話 デトマールの足掻き
突如として上空に現れた怪異を、ブロフォストの民は吉兆ととらえたようだ。
≪光の九柱神≫の加護を受けた≪救済者≫の出現。
自分たちの信仰する神々はもはや存在しないという事実を知らない人々は、混迷の極みにあるブロフォストの状況からなんとか救われたいという一心で、バル・タザル扮する祖王クロード一世の幻影の言葉をすんなりと受け入れてしまったようである。
旧王城ベルクバーランドの周囲に詰めかけた群衆は、クロードの名を歓呼し、その歓喜の声はいつまでも途切れることがなかった。
クロードはそうした群衆の姿を眺めつつ、どうしたものか思案した。
商業連合を解体し、実権を握ったとしてこの大都市を管理運営していくには多様な人材が必要であるし、現状に相応しい統治機構を再構築しなければならない。
都市一つと言っても、この規模になるともはやそれは単独の都市国家と呼んでも良く、小さな町や村のようにはいかない。
アウラディア王国の臣下たちの力を借りることも考えたが、それでは占領と何ら変わらない状態になってしまうので、出来得る限りブロフォストの民による自治というスタンスは崩したくなかった。
「そ、それで、クロード様……でよろしいんですよね。クロード様、我ら四大商会と手を取り合うという話は受け入れてもらえるのですよね?」
商業連合の首魁にしてリンデン商会の会長でもあるデトマールが、跪いたまま、その歪んだ人相の顔を上げて尋ねてきた。
「悪いがお前たちとは相容れない。お前たちが民衆から搾取した財貨は使わせてもらうが、ブロフォストの統治は、ブロフォストの民が自らの手で行う形にしたい。お前たち四大商会がこの街で商いをするのはもちろん構わないが、私兵団等の武力の所持は認めない」
「そんな……、私兵による自衛無くしては私たちは民衆に殺されてしまいます。それに財貨を没収されては、商売どころではありません」
「やむを得ないだろう。集めた財貨はもともとブロフォストの民のものだ。それに民衆の恨みを買ったのも自業自得だろう」
「……おのれ、そのような話、こちらが飲むと思ったのか。
デトマールは後退り、周囲の人間に声をかけたが、その場にいた何者も動こうとしない。
その視線は厳しく、冷ややかだった。
同じような富貴な服装の二人の男がデトマールに歩み寄る。
「デトマールさん、どうする気だ。わしらはアンタの考えに従っただけ、責任を取ってくれ」
「そうだ。このままでは我らは破滅だ。何とかしてくれ」
ゲスボーラとヤコーの会長だろうか、デトマールの服を掴み、口角泡を飛ばしはじめた。
「往生際が悪いのう。見てられん」
突如、バル・タザルが空中から姿を現した。
半透明の幽霊ような姿の老人に、その場にいた誰もがにわかに驚きを表す。
「おお、福の神! 我らをお見捨てにならなかったか。どうか、この狼藉者と民衆から我らをお救いください。我らは貴方の教え通り、動いたにすぎません。それなのに、このような結末。あまりではありませんか」
デトマールたちは、今度はバル・タザルに詰め寄り、文句を言う。
「だまらっしゃい! 儂はお前たちに知恵は授けたが、私利私欲に走って良いなどとは一言もいっておらん。もしお前たちが本当に民衆のために尽力しておったなら、ここに居られる≪救済者≫クロード様の
「この幽霊爺が! 許せん、お前だけは許せん。何が福の神だ。お前などは福の神などではなく、不幸の神ではないか」
デトマールが激昂して、腰の短剣を抜き、バル・タザルに何度も切りつけたが、虚しく空を切るばかりであった。
「無駄じゃ。儂は実体を持たん幽霊爺じゃからな。そんなことをしても無駄じゃよ」
「くそっ、ならば……。ただでは死なん。ただでは死なんぞ。お前を殺して、ブロフォストの支配権益を取り戻す」
デトマールは短剣の柄を両手でしっかりと握るとその刃を今度はクロードに向けて突進してきた。
クロードにしてみれば、非力な素人の襲撃であり、いささかの脅威も無かった。
デトマールがクロードまであと数歩というところに迫った時、動いた影があった。
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