第357話 騒動の裏

「それで、新たにこの城の主となった貴方様に提案があるのですが、聞いてはいただけないでしょうか」


リンデン商会の会長デトマールは、揉み手をしながら必死に作り笑いを浮かべ、下からおもねる様に尋ねてきた。


「提案?」


「貴方様に襲撃された商会の長たちから聞いたのですが、途方もない力をお持ちだそうですね。兵の数がいくら多かろうとも意に介しない圧倒的な暴力。かつてこの国の祖王クロード一世は、一人で千の魔物を屠る力があったという言い伝えがありますが、まさにその生まれ変わりと言っても過言ではない。直にあなたと相対したという者らは心底怯えてましたよ。あれは、まるで人ではないと。しかし、如何に超人的な力を持つという貴方様でもこのブロフォストを治めるのは難儀すると思われます。民衆というのは愚かで、利己的で、まことに手に負えません。今、城外に詰めかけてきているあの姿をご覧ください。自分たちが誰のおかげで生きながらえてこられたかも忘れ、感情的に息巻いています。仮に、我らからこのブロフォストの統治権を奪ったところで、待っているのは今以上の生き地獄」


「何が言いたいんだ」


「貴方様は我らの主として君臨し、統治に関する諸事は今まで通り、我ら商業連合にお任せいただきたいのです。我らには組織力があり、協力してくれる心強いいくつかの組織とも提携ができております。長いブロフォストの歴史の中で培われてきた暗部。我々の代わりに手を汚してくださる非常にありがたい方々です。我らにお任せいただければ、全てが上手くいきます。貴方様はその超常的な≪異界渡り≫の力で外部の勢力や民衆ににらみを利かせてくださればそれでいい。どうです?悪い話ではないでしょう。互いに足りない部分を補い合えば、やがて旧クローデン王国の全てを我らの手中に収めることすら夢ではない」


「君臨すれども、統治せずと言ったところか? だが、民はどうなる。俺はこのブロフォストの民の窮状を見かねて何とかしてやりたいと思った。自分がブロフォストの主になろうとは思っていないが、お前たちには任せてはおけない」


デトマールが愛想笑いを止め、真顔に戻る。


「お互い上手くやりましょう。大人になっていただきたい。民衆など生かさず殺さずの搾取の対象でしかありません。王になりたくはありませんか? なりましょう、王に! 今は滅びたクローデン王国も所詮は我ら商人の力で成り立っておったのです。我らが助ければ、あなたは新たにこの地の王になることができます。我らはその庇護のもと幾ばくか稼がせていただければそれで構いません。王にして見せます。お約束しますよ」


いい加減にしろと言いかけたその時、凄まじい雷鳴が城外に鳴り響いた。

一度ではない。

間髪入れずに何度も何度も繰り返し鳴り続けている。


「ヒィッ、どうしたことだ。外はどうなっている」


デトマールは雷鳴が苦手なのか、近くの者にすがりつき、すっかり怯えてしまっている。

他の者たちも一様に身を縮こませ、不安そうな顔で様子を窺っている。


無理もない。自分にも覚えがないほどの異常な現象だった。


「デトマール様、大変です。こちらに来て見てください。上空に巨大な顔が浮かんでいます。怪異です。雷雲の中から巨大な顔が現れたのです」


扉から入ってきた兵士がしどろもどろな様子で報告した。


その兵士の案内するまま、同じ階にある、玉座の間からほど近い広いバルコニーのような場所に出た。


確かに空一面を覆う雲の一部が盛り上がり、人の顔のような形になっている。


「ああ、この世の終わりだ。我らの悪業を神々がお怒りなのだ」

「馬鹿なことを言うな。神の怒りになど触れておらん。何か物の怪のようなものの仕業に違いない」


身なりの良い商人風の男が手を合わせ、嘆くさまを見て、デトマールが胸ぐらをつかむ。


『全てのブロフォストの民よ。聞くが良い。余はクローデン王国の祖クロード一世である。我が国の惨状、誠に見るに堪えぬ。代を重ねるごとに血は薄まり、暗愚となっていった我が子孫の無能と悪政が招いたことであるが、我が民たちよ、どうか許してほしい。余はそなたらを幸福へと導く新たな指導者として、余が認めた≪救済者≫をベルクバーランドに向かわせた。その者の名はクロード。≪光の九柱神≫の加護を受けた漆黒の髪を持つ青年である。その者の下に心をひとつにせよ。さすれば、道は開かれん』


黒みがかった雲でできた顔が重々しい威厳ある声で語り終えると、その顔は神々しい光を放ちながら消えていった。

そして、その光はやがて九つに分かれ、光り輝く人型になるとそれもまた淡い光となって、ベルクバーランド城に降り注いだ。


その様子を見た周囲の人々がクロードをすがる表情で見つめ、その場で平伏し始めた。

先ほどまでの形ばかりの平伏ではない。

「救済者様、どうかお救いを」、「ありがたい。我らの救済者さまだ」と口々に呟いている。

デトマールでさえ、どこか納得がいかないような顔をしつつも自然と跪いた。


あの奇怪で巨大な顔の演出は、元の世界よりも信心深いこの異世界の人々には効果覿面であったようだ。


城の周囲に詰めかけている群衆――いやブロフォスト中から歓呼の声が聞こえてきた。

それは音のうねりとなり、この城まで響いてくる。




元にいた世界の大型アミューズメント施設の城のアトラクションのように凝った演出だとクロードは異様な興奮に包まれている周囲の状況を眺めながら、一人思った。


魔道の術を使った大掛かりな幻影と雷。

しかも先ほどの声はクロードが良く知るある人物の声に酷似していた。


クロードの魔道の師であり、白魔道の最高秘術≪入寂≫を経て今やこの世界で最強と言っても過言ではない魔道士となったバル・タザルの声に。


あのような芸当ができる者はこの異世界でも数えるほどしかいない。


≪大いなる酒場の賢人≫などの妙な二つ名を名乗り、いたずらっ子のような笑みを浮かべる出会った頃のバル・タザルの顔が脳裏に浮かぶ。


どうやら一連の騒動の裏には彼の思惑が常にあったようだ。



やってくれたなと、クロードは天を仰ぎ、呟いた。






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