第354話 民衆の怒り

別名「壁の都」の呼び声高き旧王都ブロフォストを見下みおろす旧王城ベルクバーランドは、高台に築かれた堅固な城塞である。


古くは西の蛮族や魔境域から無尽蔵に湧き出て来る魔物の侵攻を撥ね退け、難攻不落と謳われた名城であるという。


しかし、それも今は昔、主である王が逃げ去り、一旦はもぬけの殻となったこの城は商業連合及びその中心的存在リンデン商会の本拠地として利用されていたが、再び困難な状況に陥ることとなった。


旧王城ベルクバーランドに詰めかけたおびただしい数の民衆。

あの寂しい街並みのどこにこれだけの数の人間がいたのだと驚かされるほどの数だ。

恐らく一万人は軽く超えるであろう人の群れが王城を囲む路地という路地に溢れていた。


アンゼルムによって指揮されたエルマーたち自警団や新たに加わった協力者によって扇動がなされ、日頃から抑圧されてきた善良な市民の怒りの火が伝播し、瞬く間に燃え広がっていったのだ。

ある者は武器を、ある者は鍋、肉包丁など身近にあるものを手に何処からか、集まってきている。

この人の群れに加わったのは、民衆だけではない。

雇い主である商会が一文無しになったと知らされた私兵団の雇われ者たちも挙って集まってきていた。



最盛期で十万を超えるほどの人口があったというブロフォストであるから、この規模の群衆が集まったとて不思議なことは無いが、それにしてもアンゼルムたちは想像以上によくやってくれた。


このまま放っておいても商業連合は崩壊するであろうが、それでは多くの血が流れてしまう。

アンゼルムたちには合図があるまで群衆の城壁内への突入はさせないように指示しているがこれではいつ暴発してしまうかわからない。


石積みの頑丈な城壁を挟んで、民衆と商業連合の私兵団が怒鳴り合う様子を、クロードはそのはるか上空から眺めていたが、深呼吸をひとつして旧王城ベルクバーランドの屋上に降り立った。


突如現れたクロードに、その場を守っていた私兵たちが色めき立つ。


屋上からくることは想定されていなかったのか、高所から射撃するための弓兵が八人。その他には兵士には見えないローブ姿の男が二人いた。


すぐ近くの数人が、弓を捨て、剣を抜き放ち迫ってきたが、それらを狼爪拳でいなしつつ、当身で気絶させた。

無視しても良かったが、大人しくさせる意図である程度の威圧は必要だろうと思ったのだ。


間髪入れずに、今度は野球のボールくらいの大きさの氷球が十数個、自分目掛けて飛んできた。

速度も丁度バッティングセンターの球ぐらいの速さだろうか。


クロードはその氷球群を最小限の動きで躱すとそれを放ってきたローブ姿の二人組に急接近し、両手で一人ずつ掴んで持ち上げると、近くの壁に放り投げた。


手加減したので、命には別条ないはずだ。


先ほど投げた二人は魔力塊の動きとその流れを見るに魔道士ではなかった。

魔道士はああ見えて厳しい修行により鍛えられ引き締まった体つきをしているが、今の二人は違った。

まるで重い物など持ったことも無いような貧弱な体型で軽量だった。

初見だが、あれが以前話に聞いた非魔道士の魔法スキル所持者かもしれないなと内心ふと思った。


今の一連の立ち回りで、私兵たちはひるんだようであったが、まだ戦意は失っていないようで、一瞬の硬直状態のあと再び追う動きを見せはじめた。


「追ってくるな。無駄に命を捨てるんじゃない!」


クロードはそう一喝すると周辺をぐるりと見渡し、目の前で呆然と立ち尽くす兵士二人をすり抜け、城内へ続いていると思われる塔屋の入り口に駆け込んだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る