第351話 悪役のイメージ

自警団の人々の反応から、自分がこのブロフォストにおける混乱の諸悪の根源であるとみなされていることは自覚していた。


クローデン王国の人々にしてみれば、ただでさえ恐れられ忌み嫌われていた魔境域に興った新しい国など、侵攻を受け、滅びてしまったところで当然というところであっただろうし、その敗戦の結果、国が破綻してしまうことなど受け入れがたいものであったと思う。


およそ三百年前に邪神に従った者たちの住む土地ということで、魔境域に対する悪い印象は未だ根強く人々の心に残っており、その魔境域の王ということになれば、もはや言わずもがなである。


どれだけ取り繕おうとも、素性がバレてしまえばそれまでであることから、この際自分はこの地においては悪党なのだと、クロードは開き直ることにした。


ブロフォストを支配しようとする悪党。

今回はとことんアウトローな感じでやっていこう。


牛耳るなどという普段口にしないような言葉をあえて使ったのもそのためであった。


仮にも王都であったこの大都市を現状支配している勢力から奪還、しかもできるだけ血を流さないようにやるにはきれいごとだけでは済まないであろうことは明白だった。


無法を制するのは無法。


政務があるので、あまり長くイシュリーン城を開けるわけにはいかないし、ここは少々強引に荒っぽいやり方で、手早くブロフォストを掌握することにした。



「それで、俺は何をすればいい? 」


拘束を解かれたアンゼルムが表情も無く尋ねてきた。

この変わり身の早さはいささか不義理な印象がないではないが、頭の切り替えの早さも、長く一線級の冒険者としてやっていくには必要な能力なのだろう。


あのままベルントたちと共に拘束され、どう処されるか不確かな状態に身を置くことは損だという判断を下したようだ。


アンゼルムには前金でアウラディア金貨十枚を支払い、毎月の報酬は後日相談で良いということになった。

不満であれば、クローデン金貨に換えることも提案したが「別にきんであることに違いはない」と気にした様子は見られなかった。


事実、金貨はどの国発行の物であろうとも重さでその価値が決まり、どの国へ行っても貨幣制度さえ導入されていれば問題なく物資と交換できる。


「そうだな、まずはニブラー商会の資金の保管場所を教えてもらおうかな」


「何だ、押し込み強盗でもするつもりか」


「そのまさかだ。このブロフォスト中の富をわざわざ集めて置いてくれているんだ。商業連合が民から徴収して蓄えている財、それを全部根こそぎ頂く」


「当たり前の話だが、警備は厳重だ。戦闘になるぞ。それに莫大な量の財貨をどうやって運び出す。流血は避けたいと言っていたが、荒事になるぞ」


「それも大丈夫だ。問題ない。場所さえ教えてくれれば、搬出も俺一人でやる」


これにはアンゼルムだけでなく、エルマーたちもさすがに無理ではないかといった様子だった。


「無理かどうかは見ていればわかる。エルマーたちにもひとつ頼みたいことがあるんだが、いいか?」


「僕にできることであれば、何でもしますよ」


「各商会に雇われている者たちを一人でも多く傭兵として雇いたいと勧誘してみて欲しいんだ。報酬は今雇われている額の一割増だ。実際に引き抜けなくていい。誰かがまとまった数の私兵を募っている話が広まりさえすればいい。雇い主は、かつてこのブロフォストで商いをしていた商会の会長だということにしてくれ」


もしかすると戦前に事業撤退したレーム商会の関与だと勘違いする者も出て来るかもしれないが、勘違いしてくれた方が信用上、都合が良い。

もし迷惑をかけることになった時は、ヘルマンに素直に謝ろう。


クロード・ミーア共同商会という商会をやっていたのは事実であるし、嘘は言っていない。




ニブラー商会の保管庫は、本社敷地内にある石造りの堅固な建物内だった。

窓は無く、入口は頑丈そうな金属製の扉一つだけだ。

二階建てぐらいの高さがあり、かつては油倉庫として使われていたそうだ。


扉の鍵は会長のベルントがどこかに隠して保管しているという話であったが、それを探すことはせずにクロードはここに来た。


入り口には人相が悪い武装した見張りが二人立っていて、その脇にある屋根がかかっているだけの待機所にはさらに四人詰めていた。

その四人は札遊びに興じており、金が掛かっているのか随分と白熱した様子だった。


クロードはその待機所を横目に、真直ぐ速足で、保管庫の入り口に向かった。


「おい、貴様。何者だ。死にたい……のか?」


詰め寄ってきた見張りを無視し、その横を通り過ぎると一気に加速し、扉に前蹴りを入れる。


重厚な鉄扉はひしゃげ、派手な衝突音を上げて、建物内に吹き飛んで行った。


そのままの勢いで建物に入ると、酸化した油の匂いだろうか、顔をしかめたくなるような独特の匂いがした。

中には銅貨が詰まった陶器製の壺がいくつも並んでおり、その奥には扉付きの大きな金庫が二つあった。


クロードは≪異空間収納≫を発動させ、保管庫の中の物をその中に納めていった。


クロードの≪異空間収納≫は、その中に収納したい物に直接手で触れることで、発動させることができる。

保管庫の中身は次々と音も無く異空間内に姿を消していった。


「おい、やめろ。何をしている。やめろ」


先ほどの声をかけてきた見張りともう一人が剣を抜き、攻撃してきたが、クロードは意に介する様子も無く、淡々と≪異空間収納≫に硬貨の詰まった壺と金庫を放り込んでいく。


見張り達の剣は虚しく空を切り、クロードを捉えることは無かった。


恐らくだが見張り達の目には、俺が≪異空間収納≫を使うために動きを止めた一瞬しか姿を捉えられていないのだろう。

視線の動きが直線的で、あちこち振り回されている。


クロードはがらんとした建物内にある最後の金庫を見せつけるようにして消してしまうと見張り二人とようやく駆けつけてきた待機所の四人に向かって言った。


「見ての通り、これでニブラー商会は一文無しだ。どうする?俺と戦って死ぬか、ここを去るか、それともベルント以上の報酬で俺に雇われるか? 三択だ、選べ」


クロードは元の世界の映画で見たような悪役をイメージして、自分なりに悪そうに見える顔で問いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る