第350話 償いの機会
商業連合の統治体制は、この世界における国家や都市のそれとは異なる。
王や貴族による統治は、君臣間の契約――御恩奉公のような王権による保障と見返りの忠誠心に基づいているが、商業連合が扱っている私兵団はあくまでも金銭による雇用関係である。
そういう意味では画期的な試みであったと言えなくも無いのであるが、いかんせんその後が良くない。
有事の際に備えての私兵団ではあるが、常に一定数を維持しようと考えれば膨大な経費が掛かる。
報酬と食料の配給、寝床の確保。
それを賄うだけの真っ当な財源があればいいのだが、経済の停滞もあって、後ろ暗い悪行に手を染めざるを得ないというのが実情である。
つまり、税と称して何処かに集められた金銭が無くなれば、私兵団は商業連合に従う理由は無く、この
大半は傭兵とも呼べぬようなならず者たちである。
私兵団が解散ということにでもなれば、行き場のなくなった者たちが略奪行為などの悪業に走るということも十分考えられる。
クロードとエルマーは≪次元回廊≫で一旦、「懐かしの我が家亭」に戻ると元銀狼級冒険者のガイたち、自警団の中でも腕が立つ者を数人連れてすぐに舞い戻った。
床の上で眠り続けているベルントたちを見たガイは思わず「おいおい、こいつはベルント会長じゃないか」と少し驚いた様子であったが、クロードの説明を聞きすぐに冷静さを取り戻した。
クロードは、縄を持ってこさせ、ベルントたちをきつく拘束させると、エルマーにベルントに最も近しい関係にあると思われる者を護衛の中から一人選ばせた。
エルマーによると、この護衛の中から選んだ男は名前をアンゼルムと言い、ベルントにもっとも気に入られている部下であるらしい。
報酬も他の護衛と比べると頭一つ抜けていて、腕だけでなく頭も回るとの話だった。
集団を仕切りたいというような野心がなく、報酬に応じて仕事をするという割り切った性格がベルントにしてみれば扱いやすかったようだ。
入室した際も腕組みしたまま、ベルントの方を常に気にかけていて、エルマーや俺には手を出さなかったことから、よほど慎重な性格のようだ。
「こいつは、俺と同じ元冒険者だ。数少ない金獅子級で、気難しい野郎だが確かに腕が立つ。クロードさん、あんた、こいつをどうしようっていうんだ?」
「いくつか考えているがまずは少し話をしたい」
クロードはシルヴィアに魔道による≪
これは魔力を操作し、脳内の一部活動を遮断するというものなので眠っているように見えても、実際の眠りとは異なる。
≪昏睡≫を解かれたアンゼルムは、突然両目を見開き、辺りを見回した。
そして自らが拘束されていることを把握すると騒ぎ立てるようなことはせず、どっかりと座り込んだ。
肝が据わっている。
好きにしろとでも言わんばかりの
年齢は四十代半ば。灰色がかった短髪に右目の瞼を縦断したような古傷。
歴戦の冒険者の貫禄があった。
「アンゼルムというらしいな。ベルントに雇われてから長いのか? 」
クロードの問いかけにアンゼルムは答えなかった。
意外と義理堅い性格なのか、あるいはガイの言う通り気難しいだけなのか、色々訊ねてみても口をつぐんだまま返事をしなかった。
「わかった。別の話をしよう。お前、俺に雇われるつもりはないか?」
この質問には一瞬、意外そうな顔をして反応を示した。
「いくらだ?」
「ベルントが払っている倍額でお前を雇いたい」
「正気か? 自分より格段に弱い人間を雇ってどうする。何をさせるつもりだ」
「俺は四大商会の代わりに、このブロフォストの街を牛耳ることにした。まずはニブラー商会を潰そうと思っているんだが、その手伝いをしてほしい」
「はっはっは、そいつは途方もない話だ。あの一瞬で見せたお前の実力なら、あながちほら話にも聞こえないが、この街を牛耳ってどうする。何が目的だ。ブロフォストの支配者になりたいなら、逆らう者を皆殺しにして力で掌握することも可能だろう。違うか?俺の目でも捉えきれぬ速さ。この狭い室内の手練れ五人を一瞬で倒して見せた。あれは人間ができる動きじゃない。化け物だよ、貴様は」
「俺はこの街を元のブロフォストのように人々が安心して暮らせる状態に戻したいだけだ。血は出来るだけ流したくない。そのためにお前が必要なんだ。お前は今のブロフォストの惨状を見て何も心が痛んでいないのか?」
「心が痛む? 何故だ。このブロフォストは、最善ではないにせよ、一応の秩序が保たれている。弱者が強者に虐げられるのは今に始まったことではない。王政下にあったってそれは一緒だ。要は程度の差だ。人の世はいつの時代だって弱肉強食。きれいごとを言うな」
「エルマー、ガイ、お前たちはどう思う? 変えたいとは思わないのか。人が物として取引される現状のままでいいのか。盗人が横行し、昼間も安心して往来を歩くことができない。アンゼルム、
場が静寂に包まれた。
エルマーたちは
「変えることができるって言うのか。お前は、この四面楚歌で孤立したブロフォストを?」
アンゼルムがしばしの沈黙の後にようやく口を開いた。
「できるように全力を尽くすつもりだ」
「本音を言えば、俺はベルントの奴が正しいなどとは思っていない。だが、他の商会のやり口に比べればまだこれでも幾分マシだと思っているし、何より四大商会以外でブロフォストを仕切れる組織があるとは俺は思わない。お前が何者なのか俺は知らないが、腕っぷしだけでこの大都市をまとめきれると思ったら大間違いだ。余計な混乱と犠牲を招くことになるぞ」
「アンゼルム、そうならないためにも、俺に力を貸してほしい。決して損はさせない。協力には最大限報いるつもりだ。それと俺はクロード。順番が逆だったが、名乗らせてもらう。にわかには信じられないかもしれないが、俺は先の戦でクローデン王国を敗戦に導いたミッドランド連合王国の王だ。この街でクロード・ミーア商会という商会を営んでいたこともある。我が国にしてみれば正当な防衛と言いたいところだが、ブロフォストをこんな状態にしてしまった原因の一端が俺にあるのも間違いない。できうることならば、償いの機会を与えて欲しい」
「ミッドランドの……、国王?」
ガイの呆然とした呟きだけが静まり返った室内にやけに響いて聞こえた。
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