第347話 商人の楽園

旧クローデン王国領、ひいては人族全体の社会秩序を如何にして取り戻させるかの方針は決まった。


だが、このブロフォストの惨状を見るに悠長に、いつ現れれるとも知れぬ英雄の出現を待ち続けるわけにはいかないとクロードは思った。

その出現が遅れるほどに民の暮らしは困窮し、犠牲者が増え続ける。


地ならしが必要だ。


種を蒔くにも、その種が芽を出せるような土壌を整える必要がある。


とりあえずこのブロフォストをどうにかして、秩序構築のための出発点にしなくてはならない。



ブロフォストは元々人口五万人以上が暮らす大都市であり、もしこの街が治安を取り戻したと聞けば、近隣からその噂を聞きつけて人が集まって来るに違いない。

街には活気が戻るであろうし、その様子を見て、目先が変われば各地で相争う貴族たちも少しは平静さを取り戻してくれるかもしれない。


クロードは、とりあえずニブラー商会の会長であるというベルントという男を品定めすべく、エルマーの手下に扮して、ニブラー商会の本社を訪れた。


今ブロフォストを支配している商業連合内に求める人材がいればそれが一番理想なのだが、それは望み薄だろうか。


随行を許可されているのは手下一名のみ。

普段であれば、元銀狼級冒険者のガイがこの役目を任されているが今日に限っては代わってもらうことにした。



「入れ」


低く濁った声が聞こえ、中に入ると待っていたのは随分と手荒い歓迎だった。


手下と思われる男達にエルマーは殴られ、クロードも腹に良いのを一発入れられた。


クロードにしてみれば痛くもなんともなかったが、やられた振りをして床に転がった。


クロードを殴った男は、顔をしかめながら、手首と拳を何度もさすり、首をひねっている。


室内にいるベルントの手下は五人。

鑑定眼(全技能)で、名前と所持スキルをざっと確認してみると、側近もしくは護衛を努めるだけのことはあって、皆一様にそれなりの技量を持ち合わせているようだった。

全員が剣技、格闘術などの戦闘系のスキルを複数所持している。


「おい、エルマー。先月言ったよな。俺の下で働きたいなら余計な情を捨てろと……」


会長室の奥に座っている男は何か葉巻のような物を吹かしながら、苦々し気に言った。

どうやら彼がベルントのようだ。


「エルマー、お前の地区は最悪の成績だ。言われた数字の半分も回収できてねえ。税を払えない奴は奴隷として売るか、見せしめに何人か殺せって言ったよな」


エルマーを殴った男が胸ぐらをつかんで、凄む。


「ベルント会長、もうやめましょう。会長ぐらい力のある方だったら、こんなやり方しなくても、このブロフォストを上手く治めていけるはずです」


エルマーが呻くような声で葉巻の男に訴えかける。


「何もわかってねえ!」


葉巻の男はエルマーの言葉に声を荒げた。

灰皿代わりに使っていた銀食器を、他の机の上の物と一緒に腕で払い落した。


そして机の向こう側から大股で、鼻息を荒くして近寄ってきた。


これが、ニブラー商会の会長ベルントか。

背が低く、肥え太り、ガマガエルを思わせる容貌であった。

歳はマルクス・レームと同じくらいだろうか。

頭頂部が禿げ、髪は縮れた白髪だった。


「おい、エルマー。お前は何もわかってねえ。このブロフォストの実状も知らんくせに善人面するな。いいか、このブロフォストにはもう何も残ってねえんだよ。金も食料も物資もな。これだけの人口が冬を越せるだけの備えがねえんだ。お前が考えているような甘っちょろい考えでは、俺たちは皆共倒れになる。なんでエグモント王がこの城を捨てて逃げたかわかるか。何も残っちゃあいないからだよ。クローデン王国は魔境域侵攻の前からもう風前の灯火だったんだ。東の神聖ロサリア教国や南の大国アヴァロニア帝国からの相次ぐ侵攻でもともとひっ迫していた財政は完全に行き詰っちまった。その上、あてにしていた最後の大博打に失敗して、なけなしの糧食も物資も敵方に奪われちまったと聞く。忌々しいがマルクスの奴が正解だった。こんな国早々に見限れば良かったんだ。多額の売掛金を手放しても、今の状況よりはまだよっぽどマシだ」


「そんな……、でもあんなに重い税を課しておいて」


「本当に救い難い馬鹿だ。いいか、このブロフォストがまだ無事でいられるのは俺たち四大商会が私兵団で防備を固めているからだ。何もねえが、このブロフォストは権力の象徴。もし備えを薄くしたら、ここはたちどころに戦場になるぞ。兵を雇うには金が要る。装備をそろえるにも金が要る。当然食わせていくのにもな。貴族達はその所領に農地を抱えているからまだいいが、ブロフォストは他領から買い付けなきゃ食料すら手に入らねえ。今までさんざん借金してきたくせに、貴族どもは足元見たような相場を提示してきやがる。金だ、とにかく金が要るんだ」


「ベルント会長の言っていることもわかります。でも……」


話を遮るようにベルントの拳がエルマーの頬を打った。


「もういい。この目障りな馬鹿は殺せ。顔役には別の者をてる。いいか、エルマー。冥途めいどの土産に教えてやるが俺たちはもう我慢するのをやめたんだ。今やこの世は地獄。今までのやり方ではもう通用しないんだよ。金に換えれるものは何でも換える。例え人の命であろうともだ。奴隷は貴族たちが高値で買ってくれる。相次ぐ戦争で地方は人手不足だからな。女、子供だって見てくれがよければ、良い値が付く。俺たちにしてみりゃ、多すぎる人口も減らせて一石二鳥だろう。そうして稼いだ金でこのブロフォストに俺たちの楽園を築くんだ。貴族達とも対等の独立商業都市。俺たち商人の、商人による、商人のための楽園だ。お前はその特等席を今、手放したんだよ。この間抜け」


ベルントはエルマーの顔に唾を吐きかけ、いやらしい笑みを浮かべた。



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