第346話 英雄の種
自警団の団員たちが帰り、
シルヴィアは席を外し、カウンター奥の調理場では若い女性が一人残って洗い物をしている。
エルマーによれば、その若い女性がエルマーの奥さんであるらしい。
日中は二階の宿の方を切り盛りし、夜は降りてきてこうして酒場を手伝ってくれているらしい。
普段は団員の誰かが遅くまで飲んでいるらしいが今日は貸切状態だ。
「それで、クロードさん。僕はいったいこれから先、どうしたらいいんでしょうか」
もうすっかり酒気の抜けた目でクロードの方を見た。
「エルマー、俺の方からどうこうしろとは言えない。要はエルマーがどうしたいかなんだ。俺は、このブロフォストの状況を良くは思っていないが、ミッドランド連合王国の王としては介入する気はない。ミッドランド連合王国は外政不干渉の姿勢を取っているし、先の戦のあとにブロフォストを支配下におさめたなら、周辺国から報復のための侵略戦争と受け取られかねない」
「僕はとりあえず、みんなが重い税、といってもその実態はただの上納金ですが、それを課されることなく、平穏に暮らせる環境ができればそれ以上は望みません。女性や子供が人身売買の対象になったり、力の弱い弱者が虐げられることのない世の中になれば、僕はもう顔役なんかやめて、何か新しい暮らしを始めようかと思っているんです」
「四大商会の中に、それが実現できそうな人物はいないのか?」
「いませんね。四つの商会は表面上、覇権争いをしていますが、その実、内心では今の状態を好ましく感じているようです。互いに争っているうちは民の不満や敵意が自分たちに向かってくることは無いですからね。むしろ、敵対する商会から守ってもらっていると感じている者も多いと思いますよ」
エルマーによれば、ニブラー商会はかつては鍛冶職人たちの組合と深く結びついていて武器防具、それに工芸品などを主な取引品目にしていた。
周辺国で紛争や内乱が起こるとそれを輸出し、莫大な財貨を得ていたのだという。
国内的にも手広く商売しており、主な取引品目以外ももうけが出ると思えば意欲的にその品を取り扱っていた。
しかし、ブロフォストの支配権の一端を握ると税の徴収と権力の保持に注力するようになり、本来の商業活動にあまり重きを置かなくなったそうだ。
旧クローデン王国領全体の経済活動がかなり停滞していることから商取引による利益が見込めず、私兵団維持の財源の確保のために人身売買にまで手を出し、後ろ暗い犯罪に手を染めているような組織とも関りを持つようになったという。
エルマーに対しても毎月重いノルマを課しているそうで、それが達成できないと叱責され、顔役から外すと脅しをかけられるそうだ。
顔役になった初月から二月連続で目標が未達であり、今日の火事の件も含めて報告に行かなければならないと深いため息をついた。
そんなエルマーの様子を見ながらクロードは少し悩んでいた。
ブロフォストの混乱を治めるには、悪政の元凶である四大商会を排除して、その代わりに強い統治機構を置く必要がある。
だが、そのためには君主制のような強いリーダシップの下に中央集権化がなされなければならない。
エルマーにそれが可能か。
いや、そもそもエルマーを巻き込んでも良いものであろうか。
エルマーにそのつもりがあるのであれば、資金や諸々を支援する気だったが、彼が望むのはブロフォスト全体というよりはもっと小さな、自らの周囲の人々の幸せだ。
人柄を見るに周りの強力な支えがあれば、仁君にはなりうるかもしれないが、彼を担ぎ上げてブロフォストをまとめさせようというのは少し唐突過ぎるし、荷が勝ちすぎる気がした。
クロードも自ら国を治める立場になり、痛感したことだがこの異世界の文明レベルでは、元の世界のような民主主義的な政治体制は不可能である。
識字率が低く、十分な教育がなされていない民衆の状態にあっては共和制や議会制などの統治体制を取り入れても結局、形骸化してしまうし、まずは治安と民の生活を安定させるのが先だ。
この段階で求められるのは、ただの人の良い平和主義者や清廉なだけの政治家ではない。
軍事的実力と為政者としての才覚を持ち合わせた英雄。
このブロフォストの惨状を見て、クロードが導き出した答えは、人族の社会をより良くして行けそうな人材を見つけ出し、その人材を支援することで安定をもたらさせることであった。
種を蒔く。
人の世を導いていけるような英雄の種を。
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