第345話 エルマーの苦悩
ガイの行動に呼応したかのように、筋肉質で体格のいい若い男が
身のこなしから、この若い男もそれなりの腕があることがわかる。
シルヴィアに万が一のことがないように、クロードはそちらの方にいつでも対処できるように心の準備をしていたが、
その若い男がシルヴィアの肩を押さえようと手を伸ばした次の瞬間、一筋の雷光が若い男の手に走った。
「うっ」
若い男はその場で白目を剥き、後ろ向きに倒れてしまった。
「少し強くしすぎたかもしれません」
シルヴィアはクロードに向かって申し訳なさそうな顔をした。
「この女、魔道士か!」
自警団の半分ほどが身じろぎし、後ずさりした。
残りの半分はさらに警戒を強める。
なるほど、自警団の全員がこうした荒事に慣れているというわけではなさそうだ。
「……間者? もし、そうであるならどうする」
クロードは、短剣を突き付けているガイの目を真っ直ぐに見て尋ねた。
シルヴィアに意識が向いていた自警団の者たちも再びクロードに注目した。
「お前たちを捕え、ニブラー商会に突き出す。エルマーの手柄になるだろうし、褒賞だって出るだろう。エルマーが商会内で地位が高くなれば、俺たちの仕事だってやりやすくなる」
なるほど、あくまでもエルマーと自警団のためというわけか。
見るとガイの持つ短剣の刃先が微かに震えていた。
「そうか、残念だが俺たちは間者じゃない。エルマーと再会したのも偶然だ。この街に来たのは、懐かしさもあるが、酷い状態になっていると聞いて現状をこの目で見たかったからだ」
「見てどうする?」
「それを考えるためにブロフォストに来たんだ」
クロードはガイが向けている短剣の刃を無造作に握るとそれを握りつぶした。
ガイの後ろで剣の柄に手をかけた若い男が「ば、化け物か」と呟いたのが聞こえ、その場にいた全員に恐怖の色が浮かんだ。
「それにこんなものじゃ、俺は殺せない。無駄なことはやめて少し話そう」
握りつぶされて変形した短剣をテーブルの上に置くと、それをガイの方に押して返す。
「みんな、やめてくれ。ここにいるクロードさんは僕の命の恩人だし、昔の仲間なんだ。それに今の見ただろう。ここにいる全員、いやブロフォスト中の人間が束になったって敵う人じゃないんだ。クロードさん、本当にすいませんでした。僕の説明が不十分でした。礼儀を欠いたことをしてしまったけど、許してほしい。今日の火事だけじゃなくて、毎日いろいろありすぎて、みんなピリピリしてるんです」
エルマーが咄嗟にガイとクロードの間に割って入る。
「クロードさん、すまなかった。正直に言うと俺はあんたが怖かった。物腰は柔らかいし、人当たりもいいが、あんたを目の前にすると背中に冷たいものが走るんだ。本能的に、絶対にかないっこないというのが理屈では無く、伝わってくる。もしあんたが敵なら、とんでもないことになる。だから、確かめずにはいられなかったんだ」
ガイは席を立ち、床に伏して詫びた。
もう敵意はないということだろう。
「エルマー、それにガイさんも、頭を上げてくれ。俺はまったく気にしてない。このブロフォストの
「悪いのは逃げたエグモントだ!そして、ミッドランド連合王国とかいう魔境域にできた新しい国だ。その国に王国が負けて、このブロフォストはすっかりおかしくなっちまった。この街だけじゃねえ。国中どこもかしこも滅茶苦茶だ」
少し離れたところに立っていた白髪頭の自警団員が声を上げた。
その言葉に何人かが同意の声を上げる。
クロードは自分がミッドランド連合王国の王であることを明かしてみようかと思っていたが、その考えを心の底に押し込めた。
今はその時ではないようだ。
エルマーは、当然クロードが王であることを知っている。
しかしその上で、宴の冒頭にクロードをかつての冒険者仲間で、恩人としか紹介しなかったのはこうしたブロフォストの民の心情を考えてのことだったのだろう。
「エルマー、それに自警団の皆もブロフォストがこのままでいいと思ってはいないんだろう?」
「それはもちろんそうですよ。僕たちだって、あの平穏な日々を取り戻したいと考えている。でも、どうやって? 僕たちには目の前の生活を守るので精一杯なんです。四大商会は自分たちの私腹を肥やすことにしか興味は無いし、貴族達だってあてにはならない。クロードさんだって、今日の火事を見たでしょう。少ない物資と金を巡って顔役同士の縄張り争いも絶えない。自分たちの縄張りを維持するのだって一苦労なんだ。でも、僕たちが今の役割を放棄したら、この区画に住む大勢の人が生きてはいけなくなる。他の顔役たちは僕たちのように甘くない。このブロフォストを出たって、生きていくあてなんかないし、例え、商会に対して不満があったとしても、このまま耐え続けるしかないんだ」
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