第341話 懐かしの我が家亭

クロードは、シルヴィアと二人連れで、旧クローデン王国の王都であったブロフォストを訪れた。


上空から俯瞰ふかんして眺めるのではなく、人族の人々が置かれている現実がどうなっているのか自ら触れて確かめてみたくなったのだ。

その上で今後、自分が魔境域外とどう関わっていくのか考えるつもりだった。


事前に得ていた情報では、ブロフォストは現在、四大商会からなる商業連合がその支配権を有しており、元兵士や傭兵などからなる私兵団によって一応の治安は守られているという話だったが、実情はまるで違っていた。


ブロフォストの街はかつての賑やかさを失い、往来にはゴロツキやチンピラとしか言いようのない輩が我が物顔でのさばっていた。

一般の市民の姿はまばらで、路上で物を売る者などはおらず、女性や子供の姿はついに見かけることは無かった。


それでも懐かしい路地の面影は残っており、かつてオルフィリアと二人で見て歩いた思い出が呼び起されて、現状とのあまりの違いに余計に寂しさを感じてしまった。


道行く人に、どこか安全に宿泊できる場所はないか尋ねると、最初ひどく狼狽うろたえた様子ではあったが「懐かしの我が家亭」という宿屋を教えてくれた。


「懐かしの我が家亭」に向かう途中、三回も金品を恐喝したり、シルヴィアを引き渡すように要求する輩に絡まれたが、返り討ちにして、少し懲らしめてやった。


シルヴィアの美貌は人目を引くらしく、路地を進むほどに≪危険察知≫で感じられる悪意や敵意が増えていったので、一旦≪姿隠し≫で追っ手をまき、それから遠回りして「懐かしの我が家亭」を目指した。


「懐かしの我が家亭」に着き、その建物の外観を見てクロードは驚いた。


そこはかつて「黄金の牡鹿亭」と呼ばれ、今は魔境域内で広く商いしているレーム商会の会長ヘルマンが経営していた宿があった建物だったのだ。


当時と比べて外壁の色はくすみ、さすがに少し年月の経過は感じられたが、比較的真っ当な宿に見えた。


扉を開けると、かつてと同じく一階は、酒場兼食堂になっており、客もまばらにではあるがいた。


クロード達は目立たないように壁際のすみのテーブルに陣取ると、やってきた店員らしき若い男に水と適当な食べ物をいくつか注文した。


客が少ないおかげで、料理はすぐやって来たが、シルヴィアの様子がおかしかった。


普段であれば、食欲旺盛な方であるシルヴィアがなかなか料理に手を付けようとしないのだ。

粗食ともいえる魔道士の修行食を常日頃食べているシルヴィアにとっては、一般の人々が口にする料理はどれも興味深く、美味であるらしく、こちらの目を気にしながらも嬉しそうに食べる姿をクロードはとても好ましく思っていたのだ。


「どうした? どこか具合でも悪いのか」


「すいません。このようなことは初めてなのですが、最近食べ物の匂いが気になってしまい、食欲が無いのです。クロード様、私のことは気にせずお食べになってください。私も食べられる範囲でいただきます」


シルヴィアの体調が心配ではあったが、本人の話では恐らく病気などではないというので、食事を始めることにした。


白魔道士は医術の知識も豊富で自分よりもその分野に詳しいシルヴィアが言うのだから、間違いないのだろう。


クロードは久しぶりのブロフォスト料理を味わいながら、少しずつスープを口に運ぶシルヴィアの顔を見た。


顔色は悪くないし、健康そうには見える。

もし、不調が長引くようであれば、一度、今の肉体を捨て、≪神様態しんようたい≫になった状態で調べてみよう。

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