第340話 神々の悩み

クローデン王国軍が撤退してからさらに時が経ち、霜降月(十一月)になった。


もうすでに初霜は降りて、魔境域に生きる全てのものたちは冬を越すための準備で忙しい。

魔境域の東西に横たわる連峰からの吹き降ろしと降雪により冬期間はすっかり活動が制限されてしまうので、食料の備蓄や暖房のための燃料の確保などやるべきことは多いのだ。


クロードも同様に忙しくしていた。

この≪世界≫全体に異変がないか見守る一方で、ミッドランド連合王国の元首としての活動に勤しんでいたのだ。


クローデン王国が崩壊し、捕虜返還の交渉をする相手がいなくなってしまったので、仕方なく無条件解放した後、国内の戦後処理に尽力していた。


本当は二度と侵攻してこようなどと思わないように捕虜の返還と引き換えに何らかの戦後賠償を要求してやろうと思ったのだが、その目論見は空振りに終わってしまった。

交渉すべきクローデン王国がもうすでに無くなってしまったのでは、どうしようもない。

その資金で、自国の戦没者の遺族支援基金を立ち上げ、ミッドランドの独立を保つために戦ってくれた者たちのために少しでも報いるという算段だったが、これは国庫からの支給に切り替えることにした。


他にも旧クローデン王国軍が残した簡易拠点の砦化や進軍路の街道化などやることは多かった。


人間クロードとしての活動には一切≪神力≫を使わないと自ら制限をかけており、王としても家臣たちに万事をはかり、できるだけ頼るようにはしている。


そうした制限をしてさえ、この異世界の人々からすれば、クロードは人知を超えた力の持ち主であるわけだが、「神が直接干渉しない世界」を志向するクロードにとっては必要な線引きであったのだ。



だが、そのクロードの目指す理想に迷いが生じ始めていた。


既存の統治国家の崩壊や分裂が招いた魔境域外の混迷が想像以上で、苦しむ民衆の姿に心が揺れたのだ。

旧クローデン王国領は、貴族たち同士が相争う戦国の世と化しており、治安は乱れた。


窃盗、強盗、誘拐、略奪、人身売買等々。

人々の心は荒み、目を覆いたくなるような犯罪行為が横行するようになったのだ。

貧困により餓死する者も多い一方で、富める者は私兵を囲い傍若無人の限りを尽くすようになった。


女性や子供の姿は往来から消え、路上で商いをする人もいなくなった。



こうした惨状を人族が、自分たちの力で改善するのを信じて待つばかりでよいのか。

救えるだけの力があるのに、手をこまねいていてよいのか。


クロードは自室の執務机に両肘をつき、項垂うなだれた。


忙しくしている時は良いのだが、少しの暇ができるとこの問題のことばかり考えてしまう様になっていた。


この≪世界≫を創ったばかりの時のルオ・ノタルや他の神々も同じような悩みを持ったのであろうか。


≪神力≫を用いてでも積極的に手を差し伸べるべきか、人族たちを信じて見守り続けるか。


元の世界を思い出してみてもやはり何らかの国家、統治体制は必要で、それ無くして人間の繁栄は無かったと思う。

異論は様々あるのだろうが、公権力が存在しない状態では、各個人や各集団が安全や秩序のためにある程度の暴力を有し、自力救済を図るしかなくなる。


秩序を優先させるのか、あくまでも自由主義を重視するのか。

その選択の全てを、人類に委ねて良いのか。


魔境域内に限って言えば、クロード自らの考え方が反映された国家体制になっている。

具体的な肉付けのほとんどは、今は亡きオイゲン老によるものだが、法と規律により民衆を教化し、一応、国軍というある種の暴力装置により治安を保っているのだ。


まったく不満を持つ者がいないとは思わないがそれでも一応の平和と自由を受容できる範囲内のバランスで維持できているとは思う。


だが、その考え方を押し付ける形で魔境域外の人族にも強要してしまうのは違うと思っていたのだ。

人族自らが悩み、苦しんだうえで解決を図らなくては種族としての進歩は進まない。


あくまでもこの混沌とした状況を治め得る英雄的な人物なり、集団が人族の中から現れて、この異世界の人族独自の秩序維持体制が再構築されるのを待つべきではないのだろうか。


「俺はどうすべきなんだろう。どうしたいんだろう」


目を逸らそうとしても浮かぶ人々の苦難。


堂々巡りする現実論と理想論の間で、クロードの心は揺れた。

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