第338話 秩序の崩壊

クローデン王国の崩壊が止まらない。

いや、クローデン王国というよりも魔境域外の人族の秩序がというべきか。


南の大国であるアヴァロニア帝国は、宰相のバスコという人物が幼帝を擁し、反対派の粛清を終えて実権を握るかに見えたのだが、先帝の領土拡大を狙った遠征による財政の困窮と内政の失敗により、各地で諸侯の反乱や民衆の蜂起が絶えない。

さらに先帝皇帝バジャールド八世の数多い兄弟の中で最も年長のゼカールドを旗頭とした新たな反対勢力が出現し、国内は乱れに乱れている。


神聖ロサリア教国も国王マクマオンと公爵だったデュフォールがそれぞれを指示する貴族を従え、領土を南北に二分する争いをしている。

デュフォールは、南部の貴族達の団結を訴え、自らを君主とするフンクール王国の建国を宣言した。

国王マクマオンはこれに激怒し、教皇庁のマルティヌス枢機卿に働きかけ、聖戦の宣言をしたが、士気は上がらず、南北の対立には決着のめどが立っていない。


この両国の惨状に加え、今度はクローデン王国の崩壊である。


エグモント王はクローデン王国の始祖たるクロード一世の血を引き、≪異界渡り≫としての力をごくわずかにではあるが受け継いでいた。

超人的とまでは言えぬまでも常人が持ち得ない不思議な力と剛勇を頼りに、ごくわずかの家臣と家族を連れ、命からがら王城の囲いを突破し、王妃の生家であるアルニム伯爵家に身を寄せた。


王による玉座の放棄。


これは即ち王権の喪失を意味し、クローデン王国領は君主のいない無秩序地帯と化しつつあった。

君臣の関係を解かれた貴族たちは豪族化し、その貴族同士で相争う群雄割拠状態になってしまった。


戦が絶えず、農地は荒れ果て、民は飢える。

飢えた民は流民や賊となり、治安は悪化の一途をたどった。


こうした状態は、魔境域外の周辺国についてだけではない。


≪天空視≫で広く世界を見渡せば、その他の大陸地域も似たり寄ったりの状況だった。

ルオ・ノタルや≪光の九柱神≫が注力し、人類繁栄のためのモデル地区ともいうべきであったこのクローデン王国らの国々がある大陸と異なり、その他の地域は、文明レベルもまだ低く、暴力が全てを支配するような暗黒時代であったのだ。



「愚か、人間というのは本当に愚かだよねぇ」


第三天の神エナ・キドゥはそう言うとため息をついた。


確か、忙しいと言っていたと思うが、こちらから呼びもしてないのに、二つ上の階層次元からわざわざ勝手にやって来たのである。

イシュリーン城のかつての居館パラスの屋根の上で、景色を眺めていたクロードの横に陣取りおしゃべりを始めた。


相変わらず全裸に近い姿で、その豊満な胸を無遠慮に揺らしている。


「神もそれほど人間と変わらないように、俺の目には見える」


「ハハハッ、言ってくれるね。確かに人間は神を模して作られたのだから、その通りかもね。でも、我らと違い、弱っちいんだから、助け合った方が生存率も高まると思うんだけど?」


「そういう部分も似ているだろ。お前たちは一つでも上の次元階層に行くために、絶えず争っている。同じだよ」


一瞬、沈黙が訪れ、互いに顔を見合わせる。


「確か、エナ・キドゥだったな。何しに来た?」


「エナで良いよ。≪世界≫管理の息抜きに顔見に来ただけ。あなたも暇そうだし、別にいいでしょ」


エナ・キドゥは屋根の上に寝ころび、背伸びをした。


「それにしても、このルオ・ノタルはとても良くできた世界だね。なんで途中で失敗したのかわからないくらいに。さすがガイア様の自慢の愛娘だっただけのことはあるわね」


「自慢の愛娘?」


「そう、数いる子供たちの間で最も優秀で期待をかけられていたみたいよ。この間、無愛想なパーヌリウスって奴もいたでしょ。あいつはルオ・ノタルの兄弟神で、あいつから聞いたの」


なるほど、俺に対するあの態度にはそういう理由があったのか。

直接手を下したわけではないが、消滅の一因になった自分を快く思わないのは納得だった。


父親であるガイア神が俺に会いたくなかったのもそう言った理由かもしれない。

俺を送り込んだ狙いと異なる結果が生まれてしまったことについて考えるところがあると言ったところであろうか。


だが、知ったことではない。

俺は望んでこの異世界に来たわけではない。

何の承諾も説明も無くこの世界に放り込んでおいて、思い通りにならなかったと勝手に失望されても困る。




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