第337話 風前の灯火

ミッドランド連合王国内は、戦勝の歓喜に沸いていた。

連日、勝利を祝う宴が催され、将兵も国民も入り混じっての大騒ぎとなった。

そこには種族の壁は無く、恐らく束の間のことかもしれないが、まるで数年来の友人同士であるかのように、連合王国内に住む様々な亜人たちとアウラディアの人族とが互いの健闘をたたえ合っていた。


クローデン王国の魔境域侵攻をね退けたことにより、ミッドランド連合王国を構成する五カ国の結束はさらに強くなった。

アウラディア王国は、クローデン王国が残していった拠点群と物資を得た代わりに、国庫から他の四カ国に戦費の補償を行った。


アウラディア王国には、毎年、湖が凍る冬季に行われるマテラ渓谷遺跡群の発掘により得られている潤沢じゅんたくな資源と財物があり、十分な余力がある。

バ・アハル・ヒモートの出現により地形が大きく変わってしまったマテラ渓谷であったが、そのおかげで新たな断層と地底深くに埋もれていた遺跡が地上に露出し、発掘作業がさらにしやすくなったという経緯があり、出土品や高度文明の遺物のリサイクル事業は順調であった。


五カ国間で流通するようになった貨幣は、この遺跡群から得られた様々な金属資源を活用しており、魔銀、金、銀、銅、鉄などの種類があり、その重さと純度により価値が異なる。

現時点ではクロードが元にいた世界の貨幣の役割とはだいぶ異なるものであるが、魔境域に住む各種族たちも、金属資源の価値を理解し、物々交換などに大いに利用するようになったのだ。


アウラディア王国にしてみれば、国庫から戦費の補償を行っても何ら損をすることなど無く、むしろ他の四カ国に行き渡った貨幣により構成国間の経済活動が活発になるのは望ましい状況であった。


それに加え、クローデン王国が残していった拠点群と進軍路は再整備すれば、魔境域外との交易にも利するものであろうし、防衛施設としても使える。



こうしたミッドランド連合王国の好況とは異なり、敗北したクローデン王国の状況は深刻そのものであった。


情報収集のために放っていた白魔道教団の魔道士フィンの報告によると、クローデン王国の王都ブロフォストは今、大変な混乱と暴虐の最中にあるらしい。


「食料などの生活物資が不足し、民衆による暴動や略奪が横行しており、それを取り締まるべき衛兵たちも蛮行に加わるなど、街は混沌とした状況です」


フィンは普段は白ローブのフードで隠されたその若く聡明そうな顔を玉座にあるクロードに向け、報告を続けた。


財政的にひっ迫していたクローデン王国は、今回の魔境域侵攻に国家の命運を託していたようなところがあったようで、敗戦を知ったエグモント王は失意のあまり病床に臥せってしまったらしい。


今回の魔境域侵攻の軍資金を半ば脅迫される形で、貸し出す羽目になった四大商会の代表者たちは王城に詰めかけたが、病気を理由に謁見を断られた。

これに怒った四大商会の代表者たちは、民衆を扇動し、弱みを握った貴族たちにも働きかけ、「王家を追放せよ」と王城を取り囲んでの大事だいじに発展してしまっているそうだ。


魔境域への遠征軍を率いていたディーデリヒ公爵や参加していた貴族たちは、王都には戻らずそのまま自領に帰り、事の成り行きを見守っているようだ。

これは敗戦の責を問われることを恐れてのことであったが、理由はそれだけではない。

クローデン王国軍は撤退中にディーデリヒ公爵と他の貴族達の間で、何らかの諍いが起こり、軍の統制が取れなくなったようだった。


そのため、今、ブロフォストにはエグモント王を守る十分な数の将兵は無く、民衆や貴族たちの怒りを鎮める方策も財物も無い。


こうして、三百年近く続いたクローデン王家の命運は風前の灯火となったのである。

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