第336話 戦後の処理

撤退したクローデン王国軍を、ミッドランド連合王国軍は追わなかった。

意識を取り戻したエーレンフリートが追撃を止めたからだ。

エーレンフリートの主張は、敗れたとはいえ、クローデン王国軍は総兵力ではまだ五分であり、本国からの増援や戦場に現れたのような未知の力を考えるとみだりに追撃をすべきではないというものだった。


血気盛んな≪オーグラン≫の諸将はこれに異を唱えたが、軍議にクロードが姿を現すと静かになった。


「クロード王陛下、戦場では我とオーグランの勇士たちの命を救っていただき感謝する。しかし、この敵をみすみす無傷で帰しては、これまでの我らの命がけの戦いが無に帰すのではないか。敵は叩けるうちに叩く。これが戦の常道ではないか?」


≪オーグラン≫女王のバラギッドが家臣たちの気持ちを代弁するかのように訪ねてきた。


「バラギッド女王、俺は戦のことなどわからないが、おそらくこの戦いは無駄になどならない。ミッドランド連合王国軍の強さは、クローデン王国軍が身をもって知ったであろうし、彼らが無事に故郷に帰ることでその強さと魔境域に侵入することの無謀さを自国だけではない、周辺国すべてに知らしめる役割を担ってくれるんじゃないかな。皆殺しにしては、この戦いを語る者がいなくなる。この難攻不落のアステリアの強固さとここにいるミッドランド連合王国軍の勇士たちの勇猛さは、やがて全ての国家が知るところとなり、我らを無視できなくなる」


クロードの言葉に不満や猛る闘争本能で紛糾寸前だった軍議の場に落ち着きと静かな戦勝の喜びがようやく訪れたようであった。


「クロード王陛下の御慧眼けいがん。まさしく神の如きもの。我らのような凡愚の及ぶところではございません。我ら一同、心から感服いたしました」


バラギッド女王は改めて臣下の礼を取ると、クロードの前にひざまずき頭を垂れた。


「それに、追わない方がいいと思う理由がもう一つ。≪天空視≫で確認したところ、クローデン王国の拠点にはかなりの数の将兵がまだ残っていたが、アステリアを攻めていた自軍に援軍を送らなかったばかりか、戦の最中に撤退を始めていた。たしか、ディーデリヒ公爵だったか……、恐らくあてにしていた≪光の九柱神≫との≪交信≫が途絶え、恐ろしくなったのかもしれないが、ブロフォストに戻った後、見殺しにされた者たちと先に撤退してしまった者たちで責任のなすりつけ合いが始まるだろうし、この戦を主導した人物は相当に困ったことになると思う」


クロードの分析に、その場にいた全ての者たちが感嘆のため息を漏らした。


≪光の九柱神≫がもうすでにこの≪世界≫にいないということは明かさなかった。

ミッドランド連合王国内には、これらの神々を信仰するものはほとんどいないが、≪光の九柱神≫が生み出した精霊王や精霊を信仰する者は多い。


神々と精霊のつながりについてはほとんど知られてはいないようであったが、この≪世界≫から全ての≪神≫がいなくなったと知ったなら、如何に信仰の対象では無かろうが心の中に不安を抱える者も出て来るかもしれない。

それに、魔境域外の人族の国々に知れ渡っては色々と問題が起きそうであった。


いなくなってしまった神々に祈る行為も、時には人の心を救うかもしれないし、人々に無駄な動揺は与えないに越したことは無いだろう。



ミッドランド連合王国軍はエーレンフリートの最初の考え通り追撃はせず、追う姿勢だけを見せて、一定距離を保ちながら軍を動かし、クローデン王国軍が撤退し残していった拠点の接収のみを行った。


途中、負傷兵や投降兵を捕虜として受け入れたが、戦意はすっかり喪失しており、ほとんど抗うこともなく、その数は数百を数えた。

道を外れ、魔境域の歪な森に迷い込んでしまっている者の数を考慮すると、軍として規律を保っている兵の数はそれほど多くないのではないかと思われた。


クローデン王国軍内には知恵者と呼べる人材がいなかったのか、あるいは追撃をよほど恐れていたのか、拠点は火を放たれることもなく手付かずで、兵糧や武器庫などもそのままであった。


こうしてミッドランド連合王国は、首都アステリアから魔境域外のクローデン王国国境へ繋がる道とそれに連なる拠点の全てを労をかけずして手に入れることになった。


この道はさらに整備し、街道として使う他、拠点は魔境域外の侵略者を防ぐための防衛拠点として流用することに決めた。


戦後処理を話し合う会議で、闇ホビット族の国≪グラスランド≫のヨウシュー王が、「クローデン王国軍が遠路はるばるやってきて、わざわざ道を作ってくれたんだから、クローデン街道という名でどうだ」などと言い出し、それはいいと皆で盛り上がっていた。


こうしてミッドランドの地から戦乱が去り、平穏な日々が戻って来たのである。



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