第335話 最後の言葉

≪唯一無二のしゅ≫の使いマザ・クィナスたちは去った。


天を貫く光の柱は消えて、時が再び動き出す。


「クロード、おめでとう。あなたは≪神≫として無事認められ、その存在を許されたわ」


ルオがクロードの前に立ち、微笑む。

その微笑はどこか寂しそうで、はかなげだった。


「私、自分が何者なのか、全てを思い出したの。あなたがルオ・ノタルを取り込んだその時に突然。私はルオ・ノタルが捨てた弱い心。ルオ・ノタルは、本当はこの下層次元などに来たくは無かったの。偉大なるお父様の下でずっと暮らしていたかった。見知らぬこの次元に対する不安、自ら産み出した人類を何度も滅ぼした罪悪感、≪神の教師≫と名乗り近づいて来たデミューゴスへの依存、≪世界≫をうまく反映させられないことへの焦燥、そしてお父様の期待に応えられないことへの自らに対する失望と絶望。そういった心と共に切り離された≪神性≫が私なの。本体のルオ・ノタルが消えて、私の存在理由も消えつつある。私の最後の役目はあなたの中のルオ・ノタルであったものにこの≪神性≫を還すこと」


ルオの体が、淡い光の粒子となって崩れ始める。


「クロード、お父様がこの異世界に送ったのがあなたでよかったわ。あなたからはどこかお父様と過ごした≪第八天≫の懐かしい雰囲気を感じる。お父様が作った≪世界≫と同じ匂いがする。私もお父様が作った≪世界ちきゅう≫を参考にこの≪世界≫を作ってみたのだけれど、上手くいかなかった。同じ≪第八天≫から来たあなたになら、このルオ・ノタルの≪世界≫と私の願いを安心して託せる。そして、いつか私の代わりにガイアお父様の望みを叶えて。この≪第一天≫の下に新たな階層次元を……」


それがルオの最後の言葉だった。


ルオの姿を構成していた何かがクロードの身体に吸い込まれ消えた。

≪神力≫を取り込んだ時と違って、特に自身に変化は感じられなかった。


自らの炎で消滅させた肉体についてだが、いくら待っても≪肉獄封縛≫による受肉が始まらなかった。

≪神≫の一員として認められたことで、もう必要なくなったということであろうか。


しかし、人間として暮らすにはこのままでは不便だったので、≪物質創造≫で自分の肉体と衣服を創り出した。



クロードは意識を失ったエーレンフリートを抱き上げ、肩に担ぐと≪次元回廊≫でイシュリーン城に戻った。

クロードの帰還に城内の者たちは安堵の声を上げ、エーレンフリートの無事を喜んだ。


状況を確認すると総大将であるエーレンフリートの撤退の判断が早かったこともあって、ミッドランド連合王国軍の被害は軽微で、≪オーグラン≫のバラギッド女王も無事であるという話だった。



首都アステリアは今まさに激しい防衛戦の最中さなかであった。


防衛の指揮はオロフ将軍、ドゥーラ将軍が執り、星形城郭じょうかくの各頂点の防衛はミッドランド連合王国を構成する各国で分担し合っていた。

都市を囲む堅固な星形の城郭を頼りにクローデン王国軍の侵入を阻み、備えられた多くの稜堡りょうほからの弓兵の一斉掃射で、屍の山を成していた。


職業軍人だけでなく国民総出で防衛されたアステリアは強固で、クローデン王国軍は夜通し攻め立てたが、城門を破ることはおろか、攻略の糸口をつかむことすら出来なかった。


もし仮に最初の城壁を乗り越えることができたとしても、アステリア内にはさらに二重の城壁がある。

上空から見て三重の星形城郭が重なっているという造りなのでこの攻防を少なくともあと二度同じ手順を踏まなければイシュリーン城にたどり着くことは出来ない。


破城槌はじょうついは、城門前にたどり着くことなくリタの召喚した大型の魔物たちによって破壊され、頼みの魔道士部隊はバル・タザル一人に簡単にひねられた。


手薄な城壁を乗り越えようにも、竜人族や狼頭族などの手練れの戦士たちが行く手を阻んだ。

数こそは少ないが鳥人族の空からの襲撃にもクローデン王国軍は苦しめらているようであった。


クローデン王国軍の兵士たちは自らが信奉する≪光の九柱神≫の名――主に戦神バランのものが多かったが、それを叫びながら勇敢に戦い、味方の屍を踏み越えて、アステリア内に侵入しようとしていたがそれも長くは続く無かった。


待てども待てども、≪光の九柱神≫の加護も救援も現れることは無かったので、次第に士気は下がり、翌日の正午を迎えることなく全軍撤退を開始した。


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