第329話 神の火

脳内を巡る様々な記憶と思いが去り、周囲の静寂に気が付く。


展開されていた六神たちの≪神域しんいき≫は消え、外側に展開していた知識神の結界陣だけが残っている。

周囲は殺風景な空間で白く何もない大地と黒く塗りこめられた空がただあるばかりだった。

漆黒の空に無数にあった歪な瞳のようなものは、もはや無くなっていた。


闘いの喧騒は去り、六神たちの姿は消え、恍惚とした表情のルオネラと、血濡れとなり人の姿に戻ったデミューゴスだけが残っていた。


「どうやら……、取り込み終わったようだね。これでルオ・ノタルが生み出した九柱神はすべて君の中で一つになった。あとは……、このルオネラを君が取り込めば、この世界の創造神たるルオ・ノタルの力が完全に君のものとなる……」


デミューゴスは口から血を吐きながら、ようやく言葉を紡ぎだした。

声は掠れ、顔面は蒼白だった。


見ると左の首の付け根から肩口にかけて、肉が抉れてしまっていた。

その他の傷も決して軽いものではない。


「僕の中の星月神ヌーヴュスと知識神ウエレートも変身中に≪神核しんかく≫を砕かれ、君の中に取り込まれていった。この肉体ももはや虫の息。放っておいても死ぬよ」


確かに自分の中に星月神と知識神から得た≪御業みわざ≫が宿っているのを感じる。

デミューゴスには何か別の目的があるのではないかと思っていたが杞憂だったか。


「さあ、ルオネラよ。僕からの最後の命令だ。クロード君と戦い、そして死ね」


デミューゴスの言葉に反応し、ルオネラはこちらを見た。

その瞳には敵意など無く、ただひたすら虚無だった。



クロードとルオネラの戦いは一瞬で決着がついた。

戦いになどならなかったというのが正しかった。


クロードはその身に纏う炎で自らの肉体を消滅させ、完全なる≪神様態しんようたい≫になると十分な≪神力≫を込めた≪神の火≫をその燃えさかる右手から放った。


≪神の火≫は常人であれば瞬きできぬほどの閃光を放ちながら、知識神ウエレートの結界陣すらも歪ませるほどの熱を放ち、ルオネラに向かって放出された。


ルオネラも四本の腕を振り乱し、九つある乳房を揺らしながら、その顎でクロードを嚙み砕こうとしたが、クロードの放った≪神の火≫が全身を包むと、瞬く間に消し炭となり、断末魔の叫びをあげる間もなく、≪神核≫ごと燃え尽きた。


ルオネラが燃え尽きた場所からは、九柱神たちとは比較にならないほどの大量の≪神力≫が流れ込んできて、それと同時にルオネラの思念とも呼べる何かが記憶の断片と共に流れてきた。


デミューゴスに対する恋慕の情、恐怖、諦観、そして服従。

それらが様々な記憶のワンシーンと共に流れ込んでくる。


今は人間の肉体を捨て去った状態なので、先ほどのような動揺は無い。

そして自分の中でそれらが解けて行き、ルオ・ノタルや九柱神たちと同様にゆっくりと自分の一部になっていくのを感じていた。


ふと見るとデミューゴスの肉体は≪神の火≫の光と熱に耐えきれなかったようで跡形もなく消えていた。


そしてデミューゴスがいた辺りに、小さな、生まれたての赤子ほどの大きさの丸い餅のような白い物体が転がっていることに気が付く。


クロードがその物体に歩み寄ろうとすると、知識神ウエレートの結界陣が解けて、地上の景色に戻った。

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