第326話 神話の一場面

『グルノーグ、デミューゴス……いやその名前すらも、もはや意味をなさぬか。名と姿を変え、別の人物として我らを分裂と争いに導いた張本人。神をも欺きし者よ。なぜ、この場に姿を現した? 』


火神アハタルはその場にいる六神の思いを代弁するかのようにデミューゴスの前に立ちはだかった。


「まだそんな質問をするのか。愚かさここに極まれりだな。ルオ・ノタルが消滅し、ここにいるクロード君がその力を受け継ぎ、この≪世界≫における新たなる神となった。わかるか? これは新たなる創世記の始まりなのだ。お前たち旧時代の遺物どもにはクロード君の更なる力の糧になってもらい、ここでご退場いただく。一柱残らずにね。ちなみに、この結界陣にはある複雑な術式を施していて、結界内の存在がただ一人になるまで解けることはない。ここにいる全員で殺し合い、最後の一人にならなければ、ここから出ることは適わないのだ」


『ただ一人だと? それではお前は何故この結界内に入って来たのだ』


「僕ももはやこの結界内から生きて出るつもりが無いからさ。お前たち全員を滅ぼした後に、僕もこの≪世界≫から消えていなくなる予定だ。さあ、おしゃべりにも飽きた。ルオネラ、今その枷から解き放ってやる。この紛い物の六神どもを滅ぼせ」


デミューゴスの命令に、ルオネラは狂気の笑みを浮かべた。

まるで命じられることが至上の喜びであるかのような、そんな笑みだった。


≪虚無の鎖≫でできた全ての枷が搔き消え、瞼を覆っていた呪符が燃え上がり消えた。


「オォオオオオ……」


ルオネラの口から、呪詛とも歓喜ともとれる声が溢れ、そして美しい女性の容姿が崩れ始める。


肉体が波打ち膨張を始める。

着ていた服がその体積の急増に耐えられず、内側から引き千切れ、破れる。

二本の足が癒着し、やがて一つになると、蛇の尻尾のような下半身に変化へんげした。


その蛇のような下半身の上に載っているのは、九つの乳房がついた四本腕の若い女性の上半身だ。

廃村ガルツヴァの教会堂の地下にあったあの姿が、まさに目の前に顕現けんげんしたのだった。


ルオネラの巨体は六神とデミューゴスを見下ろすくらいに大きくなり、その身に宿る≪神力≫も、クロードを除いた他を圧倒する強大さだった。


『なんということだ。我らは返答如何へんとういかんによっては、このクロードに全てを委ねても良いとは思っていたが、これは何か違う。デミューゴスの行動の真意がわからぬ上に、奴の企みに利用されるのは我らの本意ではない』


火神アハタルは巨大な火球となり、上空を覆う結界を突き破ろうとするが跳ね返されてしまう。


「無駄だと言っただろう。ここでお前たちは滅ぶのだよ」


『ふざけるな!例え、この場で滅びようともせめてお前の思い通りになどさせぬ。俺はこの身が朽ちるまで戦い、抗うぞ!』


戦神バランの言葉に、他の六神たちも一斉に動き出す。

風神セランは、一陣の風となって姿を消し、大地神ドゥハークは地に潜った。


獣神ヴォルンガは大気を震わす吠え声を発し、二神の特徴を有した異形の姿に変じたデミューゴスに組み付いた。

巨体同士がぶつかり合う衝撃と迫力がここまで伝わってくる。


≪神域≫内は、殺伐とした空気になり、そしてあたかも神話の一場面のような神々の相争う姿に、クロードは息をするのも忘れて思わず見入ってしまった。


大地が鳴動し、火は吹き上がり、嵐が巻き起こる。

水は再び大地を覆い、獣は吠え、万の武器を体現したような姿の神はその中の一振りをその身から選び、青龍刀のような長柄の得物を持つ猛き武人の姿になった。







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