第325話 力の権化

神域内の風景が歪む。


漆黒に染まった空と、無数の瞳がゆっくりと降りてきて、さらにどこまでも続くように見えた地平が漆黒に塗りつぶされてしまったように見えた。


だが、事実は異なる。

クロードは視覚による認知を止め、≪神様態しんようたい≫の備わっている超感覚とでもいうべきもので周囲を探った。


どうやら六神たちが生み出した≪神域≫を覆う様にして、その外側に別の空間が張り付いているようだった。

外側を覆う空間が≪神域≫を圧迫し、その圧力で≪神域≫自体が縮んでいるのだ。


その外側にある空間は、かつて天空神ロサリアと共に閉じ込められた封印結界の雰囲気にどこか似ていた。


風神セランが慌てた様子で≪神域≫の外に脱出しようと飛び上がり、空を突き抜けようとしたが、覆う闇に阻まれてしまった。


『駄目だ。これはおそらく知識神ウエレートの封印結界陣。力尽くの脱出は叶わない』


風神セランが力なく呟いた。

どうやら脱出をあきらめたらしい。



不自然なほど大きく見える満月が頭上に現れ、それを背景に二つの黒い点が現れ、それが徐々に大きくなったかと思うと、地上に降り立った。


その二つの黒い点だったものは、デミューゴスと手かせ足枷口枷をつけられ両目をおどろおどろしい呪符で塞がれた妙齢の女性であった。

女性の首には首輪がつけられており、その首と枷にはかつて≪森の精霊王≫エンテを縛っていた≪虚無きょむの鎖≫でできていた。


「この≪神域≫は、私の封印結界に覆われている。お前たちはもう逃げられない」


黒を基調とした司教服に身を包んだデミューゴスが得意げに言う。


『お前のではないだろう。我らが同胞ウエレートの力だ』

『ウエレートを解放しろ!』


「ああ……もう、五月蠅うるさいなあ。ルオ・ノタルが手抜きで作った紛い物どもが。そんなに会いたいのなら会わせてやるぞ。≪星月神ヌーヴュス≫にもな!」


デミューゴスが仮面を外し、地面に落とした。

あらわになった仮面の下は、まるでくりかれた小さな宇宙のようになっており、そこから宇宙が溢れ出てきた。

その宇宙はやがて巨大な人型になり、その全身を古代文字で埋め尽くされた紙のようなものがたくさん張り付き、顔以外の全身を覆い尽くした。

その紙は、一冊の本を綴じる前のバラバラのページのようで、広げた両腕の下にもまるで鳥類の羽の様に連なり、張り付いている。

目も鼻も口もない頭部の中央には大きな穴が一つあって、その穴からは炎や雷、そして得体のしれない何かが混沌を成していて、それが今にもあふれそうな様子で満ちていた。


デミューゴスの体からは複数の≪神力≫が融合することなく、そのまま並行して発現しており、以前彼が語った「変身した姿の対象の力しか使えない」という話を信じるのであれば、神話にでてくるキマイラの様に、その姿を組み合わせ、あるいは融合させることで複数の対象の力を行使可能にしているのかもしれない。


漂流神から取り込んだ力であろうか。

二神の他にも、四種類の個別の≪神力≫を感じる。



『化け物め! その姿のどこがウエレートとヌーヴュスだというのか。それに、その傍らにおられる方は……』


「くくくっ、そうだ。覚えがあるだろう。お前たち≪九柱神≫と同じ、ルオ・ノタルを切り分けた不完全な神、力の権化たるルオネラだ」


デミューゴスがそう言うと、全身を拘束された女性の口枷が消えた。

封じられていた力の一部が解き放たれたのか、女の持つ≪神力≫が少し強くなったように感じられた。


「ああ、愛しいデミューゴス様。我がご主人様。何なりとご命令を。ルオネラはお役に立てます」


聞き覚えがある声だった。

どこか虚ろな響きこそあったが、ルオ・ノタルの≪念話≫の声とどこか似ているように思う。

凛として、透き通った美しい高音で、妙に印象に残る声だ。

そして、この世界に転移してくる前に、夢うつつに聞いたあの男女の会話の女の方の声だと思った。


もしそうであるなら、あの夢のような場所での男女の会話は紛れもなく現実で、デミューゴスが失敗したと語った異世界間トレードの現場に自分はやはりいたのだということになる。


男の声の方が俺が元にいた世界の≪神≫ガイアで、女の声がルオネラであったなら、少なくとも俺をあの場に呼び寄せたのはガイアである可能性が高い。


だが、転移の際の事故で、死体となって見つかった≪異界渡り≫の若い男は、俺ではなかったそうだし、そうなると自分はなぜあの場にいたのか。


異世界に渡る予定だった男と俺。


デミューゴスが語っていた転移事故の話を聞く限り、少なくとも女の方はあの場に俺がいたことに気が付いていなかったのではないだろうか。


俺にあの会話を聞かせる意味が何かあったのか。


あの女の声が「話だけでもさせてください」と乞うていた対象が、死んだその≪異界渡り≫であったとするならば、自分は何の目的でこの異世界に放り込まれたのか。


真実に近づけそうで、近付けない。

もどかしさがクロードの胸中に渦巻いていた。



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