第324話 神の操り人形

どうにも調子が狂ってしまった。

六神が徒党を組んで襲い掛かってきてくれれば、それはそれで話が早かったのだと思うのだが、こうして対話を求めてくる相手に問答無用でこちらから攻撃することには抵抗がある。


クロードは何と答えるべきか、思案した。


「俺が元にいた世界は、おそらくこの≪世界≫より高位の次元にあったのだと今は思う。だが、俺がいた世界では≪神≫が人間の前に姿を現し、直接干渉してくることはなかった。時に預言者の口を借りて、またある時は≪神の子≫や≪救世主≫のような存在を遣わして、人類を導いたと伝承には残っているが、俺は正直信じていない。≪神≫の存在そのものを否定はしないが、少なくとも俺が二十数年生きた中ではその姿はおろか、奇跡の兆しすら目にすることはなかったからだ。未曽有みぞうの大災害が起きても、凄惨せいさんな侵略行為があっても≪神≫は救ってくれない。神をまつる社に、何千万もの人々が願いを持ち込まれてもその一つとして叶えたりしない」


六神たちは身じろぎすることなく、黙ってクロードの話を聞き入っている。


『それではお前がいた≪世界≫の≪神≫は何をしているというのだ?』


火神アハタルが苛立った声を上げた。


「神は≪世界≫を生み出し、そしてただ見守っていたのではないかと俺は思っている。お前たちの様に恣意的に人界に関与したりはしない。それはおそらく人間の可能性を信じているからではないのだろうか。お前たちは信じないだろうが、元にいた世界――ガイアというらしいが、そこでは生前の偉業などで神として祀られ、神になった人間もいる。中には胡散臭い新興宗教的な輩もたくさんいたが、千年以上たっても尚信仰を集め、人々に愛される人間由来の神もいた。人間だけではない。自然界のありとあらゆるものが神として信仰を集め得る世界だった」


『人間が神にだと? 馬鹿な! それではお前はそれらの人間であった神たちと同様に、人の身でありながら神になったというのか?』


「それは俺にはわからない。何ら偉業を成し遂げたわけでもないし、信仰を集めていたわけでもない。元の世界の人間とこの世界の人族とはそもそも創り方が違うのかもしれないが、俺が自分の身の内に宿る≪神力≫に気が付いたのは、最初の死を迎えた時だった。火神オグンという漂流神に肉体を焼かれ、肉体を失ったにもかかわらず、俺の意識は消えなかった。それどころか、溢れ出る≪神力≫の存在に気が付き、万能感に包まれた。元の世界の人間全員が俺と同じなのか、それとも自分だけが特別であったのかはわからない」


『ルオ・ノタルの≪世界≫の普通の人族は肉体が滅びればそれで終わりだ。魔道士と呼ばれる者どもが、魔力とアストラル体を融合させ我らの存在に似せた何かになる術を編み出したようだが、≪神力≫と≪魔力≫はそのエネルギーの質において雲泥の差がある。所詮、人は≪神≫にはなれんのだ』


「俺もそう思っていた。そして未だに自分を≪神≫だとは思っていない。だから、お前たちの希望には沿ってやることは出来ない」


『あくまでも≪神≫であることを認めないというわけか』


「そういうことになるな。それに、希望に沿えない理由がもう一つある。それはお前たちもルオ・ノタルも根本的にやり方を間違えているからだ。お前たちのやり方で上手くいくというなら、この≪世界≫はこんな有様になってはいないだろう。創世神は消滅し、お前たち九柱神は今までデミューゴスを恐れて逃げ隠れしていた。様々な人種をとっかえひっかえ試し、何度文明を滅ぼしてやり直してもいい結果などでなかった。違うか? いい加減にあやまちに気が付くべきだとは思わないか?」


六神たちを見回してみるが不思議と反論はなかった。


「長話をしたせいで、戦う気が失せてしまった。もし、今の話が理解できたのであれば地上に戻り、クローデン王国軍に戦を止めるように説いてくれ。そして、今まで通り隠れ潜み、余計なことはするな」


クロードはそう言うと、この神域を内側から打ち破り、外界に出るために自身の≪神力≫を高めようとしたが、やめた。


六神たちも狼狽え、天空を見上げ始めた。


突如、≪神域≫内の空がまるで闇夜の様に真っ暗になり、無数の大小からなる歪なまなこが埋め尽くしたのだ。


ここにいる六神以外でこのような芸当ができる者は一人しか思い浮かばなかった。

ルオ・ノタルの片割れたる二神分の反応ともう一つ大きな≪神力≫が一つ、この神域のすぐ外側に来ていた。


『神の操り人形どもめ。これだけの舞台を用意してやっても尚、日和見ひよりみするか。これだから貴様らは神のなりそこないだというんだ。誰がディーデリヒとクリストフに知恵を授けたと思う。クロード君の監視をくぐり抜けながら、僕がどれだけ苦労したと思っているのか!殺し合うこともできず、自ら消滅することもできないというならば、この僕直々に引導を渡してやろう』


三日月のような形の無数の瞳の合間に大きな口が一つ現れて、言った。


神域内に鳴り響く声。

それは紛れもなくデミューゴスの声であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る