第322話 六柱の神々

『レベルアップを確認しました。異世界間不等価変換を開始します。変換に使用する記憶を60秒以内に選んでください』


①父親の存在

②20歳時の記憶

③母親の存在

④18歳時の記憶


どの記憶にすべきか考えようとしていると、地面を流れる水が目の前で盛り上がり、人型となった。


『名も知らぬ高位次元神よ、我が神域へようこそ。我が名は水神ヤーム。ルオ・ノタルが生み出した九柱のうちの一柱』


全身が透き通った水でできた巫女のような姿をしたその存在は、クロードの顔を見据え、そう名乗った。


消去する記憶を選ぶまで待ってほしかったが、相手にしてみればこちらの事情など預かり知らぬことだ。

俺の身に起きている現象にも気が付いた様子は無いし、このまま平静を装いながら、消去される記憶を選ばなければならない。


「俺はクロード。ただの人間だ。高位次元神などではない」


話を合わせながら、変換に使用する記憶を、①父親の存在に決めた。


理由は単純だ。

18歳時、20歳時の記憶を失いたくなかった。


失われる記憶がただの「思い出」だけなのか、習得した知識や技能を含むのかが明らかになっていなかったので、それを恐れた。


父親の存在に関する記憶については、失いたくなかったがもはや名前すら思い出せない上に、どの道、二度と会うこともできないと思われたので影響が一番少なくて済むと思った。

仕事人間でほとんど家にいなかったし、母親よりは関わりが薄い。

この選択をあっさり出せてしまう自分はどこか欠落しているのであろうか。


『父親の存在に関する記憶を変換します。「父親の存在」はスキル≪神権≫に変換されました。スキル≪神権≫を得たことで≪亜神同化≫は≪神喰≫に昇華されました』


≪神権≫ってどんなスキルなんだ。

しかも≪亜神同化≫が≪神喰≫というスキルに置き換えられてしまったらしい。

情報量が多すぎて混乱してしまう。


よりにもよってこのような修羅場では、そのことを深く考察する余裕もない。



『我らの創造神ルオ・ノタル様をはるかに凌駕する≪神力≫を持ちながら、そのような戯言。通じるとお思いか?』


「人として生まれ、人として育った。この異世界にやってくるまで≪神≫の存在に気が付くこともなかったし、その存在すら本当は信じてはいなかった」


本当に慌ただしいことだ。

頭の中に例の『ステータスに重大な異常を検出。精密検査と軌道修正のための修復が必要です。指定場所に向かい、必要な処置を受けてください』という音声と位置図が脳内に浮かぶが、会話の途中だ。

これも聞き流すしかない。



『もし、その話が本当であるならば、お前はこの≪世界≫に存在してはならない者のようだ。高位次元神並の≪神≫の力を持ちながら、大局観を持ち得ぬ愚かな存在である人間を称するなど、この≪世界≫を託すには全く適さぬ』


水神ヤームの周りに地表を流れる水が集まりだし、やがてそれは大きな渦のようになって空中に漂いだした。

あまり身に覚えがないほどの強い敵意を感じる


『まあ、待てヤームよ。これも何らかの因果律いんがりつによるものであろう。異なる次元の、異なる世界からこの者が我らの≪世界≫を訪れたのも何か意味があるのやも知れぬ。決して見誤ってはならぬぞ』


大地から突然、土砂でできた巨大な両腕が生えてきて、そのまま高層ビルの如き背丈の巨人が姿を現した。


神域が揺らぎ、にわかに周囲の景色が目まぐるしく変わる。


大地が裂け、炎の柱をき上げたかと思うとその炎が風に舞い、火の粉を巻き散らす。

天が裂け、頭上から猪の頭を持つ毛むくじゃらの猿のような姿の巨獣と全身からつるぎや矛など様々な武器を生やした球形の何かが降りてきた。


炎は、火の衣を纏った鳥の骨のような姿に、風は無色透明で辛うじてその身に帯びた≪神力≫によって人型だとわかる姿へと変わった。


炎、水、風、大地、戦、そして獣。


各々、≪神力≫をもつ六つの異形なる存在に囲まれたがクロードは動じなかった。


ルオ・ノタルを身の内に取り込んでいるクロードには、それらが≪光の九柱神≫に連なる者どもであることが直感的にではあるが、はっきりとわかっていたのだ。



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