第321話 地の底

他の≪光の九柱神≫たちが、火神アハタルの呼び掛けに応じたのだろうか。


大地が突如ぬかるみ、まるで底なし沼の様にクロードの下半身を飲み込み始めた。

瀕死の軍馬やエーレンフリートたちには異変は起きていない。


自分だけが大地に飲み込まれつつあるのだ。


脱出しようと試みるも沈下ちんか速度が速く、あっという間に地中に引き込まれた。


このまま生き埋めにして、窒息死させるつもりかと思ったがそうではなかった。


クロードの身体は土砂の圧も何らの抵抗をも感じることもなくそのまま地中を落ちていき、地面の下にあるはずのない異様な空間にたどり着いた。


そこは見渡す限り地平線で、天井が無く、無数の角のない丸い小石に覆われた地面の上には透明で清らかな水が流れていた。


水嵩みずかさは足首の下ほどまでで、流れは緩やかだ。


人気ひとけのない神社の境内をより一層厳かにしたような独特の雰囲気が空間内に張り詰めており、クロードはここが≪神域≫に違いないと確信した。


≪神域≫とは、漂流神などの神々が創り出すテリトリーのようなもので、物質界とは干渉しない特異な異空間でもある。

本来はもっと別の意味や力があるのかもしれないが現時点でわかっているのはこれだけだ。


この≪神域≫内には複数の≪神気≫が感じられ、その≪神気≫の主がルオ・ノタルの切り分けた分身たる≪光の九柱神≫たちのものであることをクロードは把握していた。


原因はわからないが、ルオ・ノタルを≪亜神同化≫で取り込んでからというもの、その分身たる≪光の九柱神≫がどこにいるかについては常にわかるようになったのだ。


あたかも≪光の九柱神≫が自分の体の一部であるかのように、常に目に見えない縁によって繋がっているような奇妙な感覚だ。

≪光の九柱神≫のうちの二神を取り込んでいるデミューゴスについても同様で、奴は今、ここからそう遠くない場所で高みの見物を決め込んでいる。



この≪神域≫内に現時点で残存する≪光の九柱神≫たちが集結して来ている。


クロードの認識では≪光の九柱神≫たちは世界の各地に散らばって潜んでいたのであるが、この集結の速やかさを考慮すると、彼らはおそらく自らの属性に因んだ対象を通して、転移する能力か何かを持っていると考えられた。

火神であれば≪火≫、水神であれば≪水≫、戦神であれば例えば≪戦場≫や≪将兵≫とかであろうか。


この≪神域≫に招き入れた意図は恐らく、多対一の局面を造り出すためであり、自分はまんまと周到に用意された敵有利の状況に招き入れられたようだ。


さあ、次はどう出て来る?

警戒を強めていると、タイミングの悪いことに脳内に幾重にも文字列が浮かんできた。


その文字列は途中で一度螺旋を描きそしてステータス表示となる。


恩寵レベルアップ≫が発生したのだ。


おそらく外界のクリストフが息絶えたのであろう。

この三年間の間に少しずつではあるが溜まってきた経験点にクリストフの分が加算されたに違いない。


名前:クロード

恩寵:14→15

種族:識別不能

神格値:1(12)

神力 : 438(20988)


筋力 - 342→376

敏捷力 -342→376

耐久力 - 342→376

知覚 - 342→376

魔力 - 626→688

魅力 - 38

≪スキル≫

異世界間不等価変換(ガイア→ルオ・ノタル)、頑健LV5、五感強化LV5、多種族言語理解LV5、危険察知LV5、馬術LV3、投擲LV5、魔力感知LV4、古代言語理解LV5、毒耐性LV5、剣術LV4、魔力操作LV4、精神防御LV5、狼爪拳LV3、政務LV3、手加減LV2、水泳LV5

≪EXスキル≫

異次元干渉、亜神同化、次元回廊 、自己再生、異空間収納、鑑定眼(全技能)

≪御業≫

創世神業 - 肉獄封縛により使用不可

火神業 - 発火、火炎操作、物質創造、神火

石神業 - 岩石操作、岩石創造、部分鉱石化

天空神業 - 発光、光操作、天候操作、神雷、飛翔、物質創造、姿形変化、天空視

音楽神業‐絶対音感、楽器把握、音波操作、演奏神技

水神業‐真水創造、水質浄化

鍛冶神‐鍛冶神技


もはや≪恩寵レベルアップ≫の必要性を感じていない自分としては、避けたかった現象だ。

魔物や人との戦闘を避け、機械神が付与しているという経験点を持たない漂流神との戦闘のみを行うように努めてきたのだが、それでも不意に襲われた場合の対処など何度かやむを得ない状況があったのでそろそろかもしれないとは思っていた。


次はどの記憶を失うのか。

一瞬そう思ったが、すぐにかぶりを振り、周囲の様子に意識を集中させた。


いや、もはや考えるまい。

そんなことを考えても仕方がない。


元の世界に戻ることをもうすでに諦めたのだ。

もし仮にすべてを忘れたところで、かえって苦しまなくて済むようになるかもしれない。


名も知らぬ父母。

一人っ子で親戚もなく、三人で肩を寄せ合ってきたが、特に何も思い出らしい思い出が無かった気がする。


そして特に何もなかった人生の記憶。

節目節目の大きな行事以外の記憶が朧気だ。

二十年以上生きてきたはずなのに、虫食いの様に空白で、現実味が無い。


おそらく失った記憶のつじつま合わせで様々な改変も起きているのかもしれない。


最早、原型を留めていないであろう紛い物の記憶。


さらに失われたところでどうだというのだ。



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