第320話 火神アハタルの告白

火の鳥に向かって投げたクリストフの体は全身から煙を上げ、少し離れた地面の上で転がったまま動かない。


≪五感強化≫で研ぎ澄まされた聴覚で、クリストフの心音をまだ聞くことができたが、戦神バランに肉体を酷使された上に、あの火傷ではもう長くは無いのかもしれない。


クロードは異様に冷めた気持ちでそう思った。


少し前まで自分を殺そうと襲い掛かってきていた相手ではあるものの、今、目の前で失われつつあるのは人の命である。


そうであるにもかかわらず心には波風一つ立たなかった。

もし、この異世界に来たばかりの頃の自分であったなら、多少なりとも動揺しただろうか。



後方のエーレンフリートを見やると気を失ってはいるものの、火神アハタルの熱風と炎の影響は受けていないようだった。

乗っていた騎馬が酷い火傷で虫の息ではあるが、エーレンフリートは無事のようだった。


恐らく自ら落馬するようにして、馬の体の影に逃れたのであろう。



火神アハタルは随分と縮んでしまい、身にまとう炎の合間から透き通った鳥の骨のような体が露になっている。


『流石は、ルオ・ノタル様の力を受け継ぎし者だ。まるで歯がたたぬ。しかも、お前の途方もない大きさの≪神力≫からは微かにではあるがルオ・ノタルの面影のようなものを感じるな。できればこのような形では出会いたくはなかったが、これも黄金律の定めるところなのであろう』


「なぜ、このタイミングで事を起こした。俺はお前たちがこの≪世界≫に仇なす存在でないなら、見逃しておいても良いと思っていた。創世神たるルオ・ノタルや天空神ロサリア亡き今、人々にはお前たち≪光の九柱神≫のような心の拠り所が必要であろうし、人の暮らしに安定と平穏をもたらすのであればそれなりに有益な存在だと思っていた。クロード一世との盟約とやらがそれほど大事か?」


『クロード一世との盟約などは口実に過ぎない。三百年の月日で血は薄れ、その面影は見るべくもない。これはあくまで我らが望んだこと』


「亜人を滅ぼし、人族が支配する世を作ることがお前たちの望みか?」


『そうではない。ただ、我らはそのように創られたのだ。ルオ・ノタル様が我らを創りし時には人族以外の全ての亜人の滅亡は既定事項であったのだ。愚かで信仰心が薄く、欠点だらけの亜人どもは我らが管理する≪世界≫には相応しくない。高度に知能が発達し、我らが生み出した精霊を使役する力を持つエルフ族には人族を導かせるという役割があったので、人族が繁栄しその役目を終えるその時まで生かしておくことになっていた。エルフ族は繁殖力が低く放っておいても滅びるだろうという目論見であったのだ。亜人たちが消え、人族のみの世界になった後、信仰心に溢れ、平和で豊かな≪真なる世界≫が到来するはずだった。だが生みの親であるルオ・ノタル様にも迷いがあったようだ。力の根源の大半を切り離したルオネラには我らとは違う亜人たちを慈しむ心が引き継がれてしまったのだ。その後のことはお前も知っていよう。だが、今は忌々しい亜人どものことなどはどうでも良い。高位次元神たるお前が亜人たちの側についた時点で、亜人たちを滅ぼすことなど叶わなくなったのは我らとて悟っておる』


亜人の滅亡が目的ではない?

それに今、俺のことを高位次元神と言わなかったか。

高位次元神とはどういうことだ。

ガイアと呼ばれる高位次元世界から来たのかもしれないが、俺はただの平凡な人間だ。

神などではない。


『ヤーム!ドゥハーク!セラン!ヴォルンガ!そしてバランよ。時は今。天地合一の機は来たれり。はかりごとと悪意が捻じ曲げた運命フォーチュンが正しき道へと立ち返るぞ』


火神アハタルはその炎を纏った骨の翼を大きく広げ、天に向かって告げた。

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