第319話 三百年前の盟約
戦神バランが操るクリストフの体が締め付けてくる力は明らかに人の域を越えていたが、それでもクロードにとっては脅威となりえなかった。
自らの筋繊維を損傷させ、骨を
クロードは≪次元回廊≫の出口をエーレンフリートが率いるミッドラン連合王国軍のすぐ近くに設定し、クリストフをしがみ付かせたまま、目の前に現出させた入り口に飛び込んだ。
「退却、退却だ!」
「一塊になるな、散れ。あの怪物の的になるな」
≪次元回廊≫から出た先は、恐慌状態に陥り、逃げ惑う兵士たちの
隊列は乱れ、規律を失ったミッドランド連合王国軍の様はひどく無様
腕に覚えがあるとはいえ、戦争の経験に乏しく、ましてや見たこともないような怪物を目の当たりにしては仕方のないことかもしれなかった。
頭上にはもう先ほどの火の鳥がやってきていて、今まさに標的を定めんとしていた。
「我が名はアウラディア王国宰相にして、軍司令官のエーレンフリート。炎の怪物よ、貴様の相手はここにいるぞ」
エーレンフリートの声だ。
放った矢が火の鳥の炎でできた体を素通りしたが、そのことでエーレンフリートに火の鳥が関心を示したようだった。
『おい、お前の相手はこの俺だ』
戦神バランがクロード首筋に噛みついた。
痛みは感じたがそれでも所詮は人の歯だ。
「お前など相手になるか」
クロードはそう吐き捨てると、今まさにエーレンフリート目掛けて急降下しようとしている火の鳥の前に向かって駆け出した。
エーレンフリートは死を覚悟したのか、馬上で目を閉じ動こうとしない。
「エーレンフリートあきらめるな!潔い死など美徳でもなんでもないぞ。足掻け!」
クロードはあらん限りの大声で叫んだ。
「クロード様!」
エーレンフリートもこちらに気が付いたようだが、火の鳥もまた俺がやって来たことに気が付いたようだ。
降下の速度を速め、エーレンフリートにくちばしを向け、突っ込もうとした。
クロードはエーレンフリートの前に立ちはだかると、クリストフの腕を取り、力づくで引きはがすと火の鳥目掛けて放り投げた。
しかし、それでも火の鳥は勢いを緩めることなくクロードに衝突した。
クロードの背後でエーレンフリートが乗っていた騎馬のいななきが聞こえ、何かが横倒しになる音が聞こえた。
衝突の瞬間、クロードは火神業の≪火炎操作≫で火の鳥自身を構成している炎を操作しようと試みた。
炎である以上操作できるのではないかという安易な発想であったが、このことで火の鳥の勢いが弱まり、炎の支配権争いが起こった。
だが火の鳥が有する≪神力≫はクロードからすれば矮小で、決着はすぐについた。
火の鳥の体を形作っていた炎はクロードに取り込まれ、見る見るうちに縮んでいく。
一方、クロードはまるで炎を纏った火神の如き、荒々しくも神々しい姿に変わった。
相次ぐ漂流神との戦いで、≪肉獄封縛≫も半ばその効力を失い、今は半神半人とでもいうべき形態になれるようになった。
本当のところは、不完全な≪
扱う≪御業≫の属性によりその形態は異なり、今の状態は≪火神≫モードとでもいうべきものだった。
『ぐおお、炎の扱いでこの火神アハタルを上回るだと……』
火の鳥はどうやら火神アハタルというらしく、クロードにはその名に覚えがあった。
≪九柱の光の神々≫のうちの一柱だ。
神々の筆頭にして主神。天空神ロサリア。
夜と月星の神ヌーヴュス。
大地の神ドゥハーク。
水の神ヤーム。
火の神アハタル。
風の神セラン。
戦の神バラン。
知恵と学問の神ウエレート。
獣の神ヴォルンガ。
このうちの二柱がこの戦場に姿を顕した。
この動きは単独でのものとは考えにくい。
「バランよ。猛き戦の神よ。三百年前の盟約に従い、クロード一世の血統ディーデリヒの名のもとに我に力を与えよ。悪しき邪神の手先どもを滅ぼす力を」
あのクリストフが変貌を遂げる前に発したあの台詞が頭をよぎる。
三百年前の盟約というのは、邪神とみなされたルオネラとその眷属たちとの戦いの折に結ばれたものなのであろうが、もしその盟約が今なお有効であるなら、その他の神々も連動して動いていると考えるのが自然だ。
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