第318話 火の鳥

クリストフの打ち込みに、クロードも呼吸を合わせた。

両者の剣が衝突し、≪神鋼しんこうの剣≫が纏った≪神力しんりき≫とクリストフの剣が纏う≪神力≫がせめぎ合いを始めた。


だが、得物の性能の差であろう。

クリストフの剣に亀裂が入る。


「ちっ、なまくらめ」


クリストフが吐き捨てるように言う。


先ほど鬼人族を相手にしていた時、クリストフの剣は≪神力≫に覆われてはいなかった。

これは恐らく自らの得物えものが≪神力≫に耐えられないであろうことをわかっていたからで、今あえて≪神力≫を剣に纏わせたのはクロードの≪神鋼しんこうの剣≫に対する緊急措置であろう。


剣ごと自身が両断されることを防いだのだ。


クリストフは手に持っていた得物に見切りをつけると、後方に飛び退き、地に伏したクローデン王国兵の長剣を拾った。


「何を茫然と見ている。貴様らは鬼人族どもを追え!」


クリストフは、この一騎打ちの観戦者と化してしまっていた兵たちに号令を下す。

兵たちは慌てて、鬼人族たちが逃げ去った方向に進もうとした。


クロードは火神業の≪火炎操作≫を使い、幕舎を焼く炎を動かし、クローデン王国兵の進路に長大な炎の壁を作り出した。


これで幾ばくかの時間稼ぎができるだろう。


クリストフは、すぐ近くでもう一本、剣を拾うと今度は二刀流の構えで、クロードに襲い掛かってきた。


手数と速度で優る気なのだろう。

だが、最初の一合でクロードはクリストフの力量を見切っていた。

人族としては異常なほどの速さと膂力ではあるが、それでもクロードにははるかに及ばない。

おそらくこれが戦神バランの力の全てではないのだろうが、人の身に宿っている以上、その物理的な制限を超えては力を発揮できないようであった。

おそらく全力ではクリストフの肉体が持たないのであろう。


クロードは事も無げにその連撃を交わすと、隙をつき、左肩を前に出して体当たりをくらわした。

殺さず戦闘不能に持ち込む。

そう言う狙いだった。


クロードの左肩に、鎧のひしゃげる感触が感じられた。

おそらく相手の骨の何本かは折れたであろう音が研ぎ澄まされたクロードの聴覚に届いた。


クリストフの体はそのまま急ごしらえの馬繋場ばけいじょうまで吹き飛び、派手な音を立てて、その柱に衝突した。


炎の壁に足止めされていた兵士たちがまるで怪物でも見る様な目でこちらを見ている。


クロードは油断することなくクリストフから目を離さないようにしていたが、周囲に戦神バランとは異なる≪神気≫を感じ、何事かと辺りの様子を見渡す。


篝火から燃え移った炎やクロードが足止めに使った炎が怪しく揺らめきだし、突如上空に吸い寄せられるかのように集まりだした。


それはやがて巨大な火球と化し、そして火の鳥の形となった。


『戦神バランよ、亜人どもの軍は俺に任せておけ』


火の鳥はニィと一瞬笑ったような表情を見せ、上空に舞い上がると、まるで獲物を探すかのように旋回を始めた。


まずい。

≪天空視≫で先ほど確認した時にはエーレンフリートたちがこちらに向かって進軍してきているようであった。

バル・タザルが間に合ってくれればいいが、そうでないなら自分も向かわなければならない。


不意に、スキル≪危険察知≫が後方からの敵意を捉えた。


クロードが火の鳥に気を取られた一瞬の隙をクリストフは見逃さなかったようで、背後から羽交い絞めにしてきたのだ。

先ほど相手をしていた時よりはるかに速い。


『お前の相手はこの戦神バランだ』


聞こえてきたのはクリストフの声ではなく、重く響く様な声色の≪念波≫であった。


戦神バランはクリストフの肉体を壊しながら、凄まじい力でクロードを締め付けてきた。

限界を超えた力を引き出しているらしく、クリストフの肉や骨が軋む音がクロードの身体に伝わってくる。

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