第316話 戦士の咆哮

よほど腕に自信があるのか、ダールベルク伯クリストフは特に構えを取ることもなく、長剣片手にバラギッドの前に立ちはだかった。


スキル≪鑑定眼(全技能)≫で改めて確認するが、剣術はLV3であるし、その他の戦闘スキルも特筆すべきものは無い。

所持スキルの大半は内政向きで文武両道という感じで、生粋の武官ではないようだ。

このスキル≪鑑定眼(全技能)≫は技能限定で能力値まではわからないが、かつての自分と同じで能力値が異常に高かったりするのであろうか。


「名のある将とお見受けする。我が名は≪オーグラン≫女王のバラギッド。貴公は何者だ」


バラギッドの問いかけに対して、クリストフは突然高笑いを始めた。


「これは滑稽だ。魔物が人のふりをして、一人前に名乗りを上げるなど、おかしくて仕方ない」


クリストフの嘲りの言葉に、バラギッドは顔をしかめ、その内心を代弁するかのようにすぐ近くの鬼人族の戦士が咆哮をあげた。


鬼人族の戦士は大斧を構え、クリストフににじり寄ろうとした。


「バランよ。猛き戦の神よ。三百年前の盟約に従い、クロード一世の血統ディーデリヒの名のもとに我に力を与えよ。悪しき邪神の手先どもを滅ぼす力を」


クリストフは何を思ったのか、目の前の鬼人族の戦士のことなど眼中にないかの様子で天を仰ぎ、叫んだ。


鬼人族の戦士は何事かと一瞬ためらった様子を見せたが、そのまま大斧を振り上げた。


次の瞬間、クリストフに起こった変化にクロードは驚いた。

この戦場には存在していなかった≪九柱の光の神々≫の気配がクリストフの体の内から突如感じられたのだ。


クリストフの全身からは≪神力≫があふれ出し、柔和で戦場にはあまり似つかわしくない顔立ちが猛々しく気迫のこもった形相に変貌を遂げた。

額には何か象形文字を思わせる印のようなものが浮かび上がり、光をたたえている。


クリストフは鬼人族が振り下ろす大斧の凄まじい一撃を躱す素振りすらなく、長剣を振り払った。


鬼人族の膂力と大斧の重量感。

打ち合ったなら、長剣の刃などへし折れ、そのままクリストフの体は両断されてしまうに違いないとその場にいた全ての者が思ったが、そうはならなかった。


弾き飛ばされたのは大斧の方で、鬼人族の戦士は何が起こったのか呆然と武器を失った右腕を見ている。


「さあ、邪神の眷属の末裔どもの退治を始めるか」


クリストフは一瞬で間合いを詰めると鬼人族の戦士を袈裟に両断した。

およそ常人のなし得る速さではない。

そして何より鬼人族の戦士を両断したのは長剣の刃ではなく、その斬撃によって生み出された剣圧とでもいうべきものであったのだ。


クロードが魔力を具現化して放つ≪斬撃の心象≫に似ているようでまるで違う。

魔力は感じず、純粋な武の技術によるものであるようにクロードは分析した。


それにしても、どうやって一瞬でこの場所までやって来たのだろう。

戦神バランは、自分が≪次元回廊≫を用いて移動するときの様に何らかの手段を持ち合わせているのか。


デミューゴスの忠告を聞いていても尚、今、この場所での≪神≫との遭遇は想定していなかった。


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