第313話 連合王国の亀裂

魔境域内にクローデン王国軍が築いた拠点は八箇所。

拠点が増えるごとに駐留させる兵士が必要となり、期間が伸びるごとに糧食りょうしょくや様々な物資が必要となる。

戦が長期に渡れば冬季の備えもせねばならず、遠征してきているクローデン王国軍としては避けたい事態であるはずだった。


魔境域の冬は、雪深く、平地とは比べ物にならないほどに過酷だ。

東西に連なる峻厳な山脈の吹き降ろしがあり、とても進軍などはできない。


クローデン王国軍が百花月ひゃくかげつの初めに進軍を開始してから二月半。

ようやく首都アステリアにも届こうかという場所にまで兵を進めたクローデン王国軍であったが森から出ようとせず、悠長にも新たな拠点作りを始めた。


なだらかな高台のような地形の木々を切り拓き、天然の岩場を背に簡易的な砦と本陣を築き始めたのだ。

首都アステリアから徒歩で半日ほどの場所で、もはや首都アステリアやイシュリーン城の姿が見えているはずであるし、いつ襲撃を受けてもおかしくはない場所である。


さすがに軍装を解いていたりするようなこともなく、警備も厳重であったが、敵を目前にしての造営にまるでミッドランド連合王国が攻めてくることなどないと高をくくっているかのようではないかと諸王、諸将はいきり立った。


「宰相殿は戦の機を逃してしまわれたのではないか。こうも敵軍に迫られては地の利を失い、我らは籠城戦を強いられるぞ。アステリアが落ちれば、全てが終わる。今こそ全軍で総攻撃を仕掛けるべきではないか!」


≪オーグラン≫女王のバラギッドはそう言ってエーレンフリートに迫り、危うく一触即発の雰囲気になったが、諸王がこれをなだめ一先ず事なきを得た。


若いエーレンフリートに対する疑念は少しずつ溜まり、表立って苦言を呈する者も増えてきたように思える。


だがエーレンフリートもただ手をこまねいていたわけではない。

これまでのところ森の中に仕掛けた罠と地の利を生かし小規模な奇襲を何度も仕掛けては見たものの敵軍は一向に反撃に出る気配を見せず、襲撃を受けては速やかに拠点に撤退するなど、異様なほどの手ごたえのなさだったのだ。

わざと負けて誘いをかけても、まったく追って来ず、これにはエーレンフリート自身も苛立っていた。


しかし、全軍を任されている宰相のエーレンフリートには皆の命と国の存亡がかかっており、感情に任せて兵を動かすなど決して許されないことであった。


当初の目論見もくろみでは、もっと早い時期にミッドランド連合王国軍の方から本格的な攻勢をかける予定であったのだが、クローデン王国軍のあまりに悠然とした様子に、逆に何か思惑があるのではないかと慎重になってしまったのだ。


エーレンフリートもそうだがミッドランド連合王国軍内にはこれほど大規模な戦闘を指揮した経験を持つ人材がいなかった。

無知と経験の無さは疑心暗鬼を生み、決断を鈍らせてしまう。


実際、報告を聞くクロードもどうするのが最良であるかは正直わからなかった。

ただ、クローデン王国軍の動きの悪さは意図的なもので何かの時期を待っているのではないかという気がしてならなかった。



クローデン王国軍は実際、砦が完成してもそこから一歩も出てこようとしなかった。


そして砦の完成からまもなく、王都ブロフォストからは輜重隊とディーデリヒ公爵旗を掲げた増援二千が到着したという情報が闇ホビット族の国≪グラスランド≫が独自にはなった斥候からもたらされた。


この頃になると敵軍の魔道士部隊の捕虜への尋問によりクローデン王国軍の陣容や貴族たちに関する情報もかなり味方に浸透してきていた。

公爵旗を掲げた増援のなかに、ディーデリヒ本人がいるのかはわからなかったが、増援があった以上、全面対決は間近であると思われた。



しかし、こうした機運高まる中、ミッドランド連合王国軍内において、思いがけない事件が起こってしまった。


「増援により兵力がこれ以上増えるのを待つなど愚策。宰相殿は臆病風に吹かれたのだ。もはや我慢できん」


出陣を止めようとしたエーレンフリートの配下を振り切り、鬼人族の国≪オーグラン≫のバラギッド女王が独断で兵三百をひきい、クローデン王国軍の本陣に夜襲を仕掛けてしまったのだ。


月が雲に隠れて、夜襲には適した夜であった。

加えて、鬼人族は夜目が利く。


灯りを必要とせず、夜陰やいんに乗じて砦のある丘のふもとの本陣を襲撃した。


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