第312話 魔境域侵攻の根底

クローデン王国軍の思うがままに進軍させ、魔境域の奥深くまで引き込み、戦線が間延びしたところを一気に叩く。

侵入してきた先遣隊をすぐ追い払っただけでは、敵軍に与える被害が軽微で、侵略の野心をついえさせるには至らない。

壊滅的な被害を与え、二度と魔境域に手を伸ばそうなどと思わせないようにするというのがエーレンフリートの考えであるようだった。


首都アステリアの備えを考えると、敵軍を懐まで引き寄せるのは理にかなっており、補給線の確保も容易くなる。



エーレンフリートの立てたこの作戦は、クロードからすると意外なものだった。

血気盛んな若武者という印象であった彼が、闘争本能を押さえこみ、このような老獪な作戦をたてようとはまるで思っていなかったのだ。


クローデン王国軍が魔境域の森に深く侵入するほどに、撤退時は困難が予想され、多くの死者が出ることが予想される。

また、ミッドランド連合王国が敗れた場合は首都の言わば喉元にまで迫られることになり、危急存亡のときとなってしまう。


現時点ではミッドランド連合王国に、「天の時、地の利、人の和」があるとは思うが、何が起こるかわからないのがいくさというものではないだろうか。


今となっては全てが遅すぎるが、戦争などせずに互いの存在を認め合うことは出来なかったのだろうか。

クロードはエーレンフリートの作戦に関する説明を聞きながら、内心当惑していた。


ミッドランド連合王国の自立を促すべく、手出しするべきではないと思っていたが、それによりクローデン王国軍から多くの人死ひとじにがでるのはクロードの本意ではない。


あちらを立てれば、こちらが立たずだ。

人知を超えた力を手にしても尚、戦争ひとつ止める手立てが浮かばないとは本当に情けない。



クローデン王国軍の進軍の速度は遅かった。

大昔に放棄された村落の跡地や小高い丘などを基地化しながらの行軍は、慣れない伐採作業や土木工事を常に伴うもので、侵略というよりは開拓に近い様相を呈し始めている。


「我らのために魔境域外に出る街道を作ってくれているようなものだ」


その悠長な進軍を見て、エーレンフリートがそう感想を述べたのも無理からぬことだった。


廃村ガルツヴァからさらに三つの村落跡と二か所の簡易拠点を作るのに一月を要した。

首都アステリアまではさらに倍の日数がかかると思われ、戦の緊張感が次第に薄れていったのは仕方のないことであった。

クローデン王国軍の兵士たちの多くは軍装を解き、人夫と見間違ってしまうようないで立ちで軍紀のゆるみは一目瞭然の有様であった。


その間、ミッドランド連合王国側は悠々とクローデン王国軍を迎え撃つ準備ができた。

エーレンフリートは血気にはやる諸王をなだめ、戦意を維持させたまま、入念な準備を進めた。

クローデン王国軍が進路を取ると予想される場所に無数の罠を仕掛け、森を抜けた辺りには迎撃のための出城や防柵などの備えを整えた。



バル・タザルが捕らえた魔道士部隊の斥候は三十名を超え、その全員がイシュリーン城の地下牢で虜囚になっている。

クローデン王国が抱えている魔道士はこれでほぼ全員であるらしく、残るのは王都ブロフォストに控える宮廷魔道士とその側近だけであるそうだ。

困った前線からの要請で今後出張でばってくる可能性もあるということだが、バル・タザルに言わせれば、「そんな木っ端、いくら来たところで地下牢がさらに狭くなるだけじゃ」ということらしい。


夜魔族と旧デミューゴス配下の≪使徒≫ボティルダが行った、これらの虜囚に対する尋問で、クローデン王国の内情や今回の侵攻に至った経緯も少しずつ分かってきた。


今回の侵攻の中心人物は公爵のディーデリヒという男で、王族以外では唯一、クロード一世の血を引く一族の長であるそうだ。

その血の影響は直系の子孫であるエグモント王よりも濃く顕れていて、常人には無い不思議な力を持っているのだと噂されている。


そして開戦時に会ったダールベルク伯クリストフはディーデリヒ公爵の腹心で、今回の侵攻計画の指揮官として抜擢を受けた人物であるそうだ。


エグモント王は今回の侵攻には消極的であったそうだが、公爵派の貴族達を抑えきれず、やむなく出兵を認めた。

軍資金については、現四大商会のうちの一つ、出征に反対したエッカルト商会が取り潰しにあい、強引なやり方で資産を没収され、そのすべてが充てられたほか、同様の運命をたどるのを恐れた残りの有力商会が私財を進んで寄進したという話だった。


クローデン王国は決して一枚岩ではなく、国王派と公爵派の権力争いがこの魔境域侵攻の根底にあるようであった。







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