第310話 蚊帳の外

クローデン王国軍が分け入った魔境域の森は道も細く、時折、沼沢地にも出くわす。

樹木は、魔境域外のそれとは異なり、螺子ねじくれだっていて、行く手を阻み、地表には太い根が這い出していて、歩きにくく、山歩きに慣れた者であっても難儀なんぎする。


かつてクロード達が廃村ガルツヴァの調査に訪れた時に比べれば、魔物の数は減り、奥地の方は逆に街道が整備されたりと開発が進んではいるが、それでも魔境域の森は広く、懐が深い。


クローデン王国軍の先遣隊が今いる辺りは比較的新しい森で、魔境域特有の植生により覆われる前は、平野でありクローデン王国庇護下の村々が点在していた土地であった。

そのため、闇エルフ族の古い書物の中だけではなく、クローデン王国側にも当時の古地図が残っており、彼らの進軍路はその古地図に残る廃村を辿ったルートであるようだった。


クローデン王国の調査隊やダールベルク伯クリストフに雇われた冒険者たちが魔境域内の調査を行っていたのはこの魔境域制圧のための投資であったのかもしれない。


クローデン王国軍は最初の目的地と思われる廃村ブンゾに到達すると周辺の木々を切り倒し、駐留のための拠点を築き始めた。

さらに魔境域外の丘陵地帯に造営中の砦とを繋ぐ補給路として、林道を作り始めた。



クロードは頼もしい家臣団によって、すっかり蚊帳の外に置かれてしまったため、バル・タザルと共に高みの見物を決め込むしかなかった。

クローデン王国軍の放つ魔道士への対処を買って出ているバル・タザルも暇そうだが、クロードは輪をかけてやることがなかった。


デミューゴスの忠告通り、何某らかの≪神≫の介入があるのではないかと一応気には止めているが今のところ、その気配は無い。


弱り果て、消滅を待つばかりであったルオ・ノタルを≪亜神同化≫で取り込んだ影響であろうか。

クロードには、ルオ・ノタルが生み出した≪九柱の光の神々≫やルオネラがどこに潜んでいるのかその全てを把握できていた。

意識を向ければ、どの方角のどのあたりにいると位置をはっきりと捕捉できる。


これは恐らく≪九柱の光の神々≫が独立した個々の神々であるというより、やはりルオ・ノタルを切り分けた分身に過ぎないことを表していると思われ、この不思議な感覚により二神を取り込んだデミューゴスの動向をも管理可能にしているのだ。


奴がどこで何をしているか。

この感覚と≪天空視≫の御業を併用すれば、おおよその行動を把握でき、そのことについてはデミューゴスも気が付いているのかもしれない。


この三年の間、クロードに疑念を抱かせるような行為を慎み、漂流神探しに没頭している。


今のところクロードは、向こうが何らかの敵意を抱き、敵対的行動をとってこない限り≪九柱の光の神々≫やルオネラ、そしてデミューゴスについては静観を決め込むつもりでいた。


≪世界≫にとって害にならないのであれば殊更関わり合う必要を感じていなかったのである。



クロードがこの防衛戦争において高みの見物を決め込んでいられるのにはもう一つ理由があった。


それは十四回目の≪恩寵≫時に得た≪鑑定眼(全技能)≫の存在である。


≪鑑定眼(全技能)≫というスキルは、リタやゲイツのように能力値を見ることは出来ないものの、意識を集中した相手の全てのスキルを把握することができ、敵がおおよそどんなことをしてくるのか予測が立てられるようになったのだ。


先ほどのダールベルク伯クリストフにしても護衛の二人にしても一見したところ人族の戦闘員としては変わったところが無かったし、そのレベルも人の域を越えてはいない。


ミッドランド連合王国の多種多様な人材と比べて、いささかの危惧をも感じさせないクローデン王国軍の陣容というのが現時点でのクロードの分析だった。




「野蛮な人族め、森の木をあんなにも切ってやがる。我ら森の民の前でよくも」


「落ち着け。この辺りの木は、ルオネラの瘴気で歪められた汚れた森だ。我らが信奉する森の精霊王が解放される以前の名残り。今しばらくは、奴らの好きにさせておけ」


宰相にして、全軍の総司令官でもあるエーレンフリートは闇エルフ族の若い戦士たちを引き連れ、自ら斥候に出ていた。

血気にはやる側近をなだめ、自身は冷静な眼差しで敵軍を観察している。


リタの放った魔物や猫尾族の斥候から情報を得ることは出来るのだが、いくつか自分の目で確かめたいことがあるのだという。


「何とも心配性なことだ。そんなに気になるなら、自分で指揮を取ればよかろう」


クロードは呆れるバル・タザルに頭を下げ、魔道の≪姿隠し≫と≪気配遮断≫をかけてもらい、エーレンフリートの様子をすぐ傍で見守っていた。


なんだかストーカーみたいで恥ずかしい気もしたが、かといって玉座でふんぞり返っているのもなんだか落ち着かない。

張り切っているエーレンフリートの邪魔はしたくないし、かといって万が一が起きても困る。複雑な気持ちだった。



そして何より、暇だったのである。

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