第309話 戦争の理由

ダールベルク伯クリストフが自陣に戻ってから間もなく、戦場はにわかに様相ようそうを変え始めた。


勇ましい突撃を告げる号令と何か管楽器のような低く重い響きが聞こえたかと思うとクローデン王国軍およそ五千が動き出した。


「予定通り、こちらは引くぞ。主戦場はあくまで魔境域内だ」


エーレーンフリートの言葉にクロードは頷くと全軍の前に横長で巨大な≪次元回廊≫の入り口を出現させた。

ミッドランド連合王国全軍を布陣した時と同様に≪次元回廊≫を使って魔境域内に引きあげさせる。




突撃する対象を突然見失ったクローデン王国軍はかなり戸惑った様子であったが、「敵は逃げたぞ」、「我らの勝利だ」とときの声を上げていた。

クローデン王国軍の士気は今のところ高く、魔境域への進軍を止める気も無いようだった。


クロードは魔境域に戻らず、バル・タザルと共にクローデン王国軍のはるか頭上から進軍の様子を眺めていた。


クローデン王国軍は旧街道を道沿いに、もはや目と鼻の先にある魔境域の森を目指している。


ここからの先の指揮はかねてからの約束通り、エーレーンフリートに委ねることになっている。


「導師、やはりこの戦いは避けられないのだろうか」


「うむ、お主がどちらかに肩入れせぬのならそうなるであろうな。民族、宗教、資源、政治、領土。争う理由なんかいくらでもある。魔境域に住まう者たちはあの通り人族とは外見も文化も大きくかけ離れておる。違いは恐れと差別を生むし、先の神々の大戦によりできてしまった人族とその他の亜人の間にできた溝を埋めるのは容易なことではない。一方のクローデン王国は国内の不満や財政の問題を外征により解決を図ろうとしておる」


クロードの眼下にはクローデン王国の領土がどこまでも広がっており、魔境域などに手を付けなくても、未だ未開発の土地がクローデン王国領内に多く存在するように思える。


無論、開発には人手も費用も掛かるだろうがそれでも戦争をして多くの血が流れるよりはいいと思うのだが、違うのか?


レーム商会筋の情報で、クローデン王国の財政は火の車であるとは聞いている。

王家も貴族連中も商会に多額の負債を抱えており、この軍の遠征費もレーム商会が抜け四大商会となった富豪たちからの借金であるらしい。


払いきれないほどの負債に、さらに借金を重ねてまで侵略する価値がこの魔境域にあるのかはクロードにはわからなかったが、クローデン王国側からすれば投資に見合う何かが存在するのだろう。


「しかし、嘆かわしいことだ。我が友クロード一世と共に一から立ち上げたこのクローデン王国のこのような姿、見たくはなかったぞ。見よ、奴らは策もなく魔境域に足を踏み入れて行きよった。森の中では得意の騎馬戦術も、数的有利も生かすことができん。地の利は無く、視界も悪い。しかも個々の兵の実力はミッドランド連合王国側がクローデン王国軍をはるかに上回っておるのだ。亜人を下等だと見下す傲慢なる無知と現実を覆い隠してしまう恥知らずな欲望によって、奴らは思い知ることになるだろう。おのれの愚かさを」


バル・タザルの顔には何とも言えないような寂しげな表情が浮かんでいた。


バル・タザルの言葉通り、クローデン王国軍は旧街道が途切れた場所に野営拠点を造営し、それと同時に複数の先遣隊せんけんたいを魔境域の森の中に侵入させ始めた。


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