第308話 中部地帯の民

何とも騒がしい仮面の闖入者が去ったすぐ後にクローデン王国軍に動きがあった。


騎兵が三人、軍を離れてミッドランド連合王国軍の方にゆっくりと近づいて来た。


先頭にいる人物は見栄えのする鎧兜とマントをつけており、それに従う二人も雑兵のそれではない。

三人は決して駆け足にならぬように騎馬を制しながらゆっくりと常歩で向かってくる。


敵意は無い。

そう言うことだろう。


それにしてもたった三騎で、遠弓の射程までやって来るとは剛毅だ。

先頭の人物が高貴な出自であるとすれば、従う二人がよほどの手練れであるということだろうか。


「我こそは、ダールベルク伯クリストフ。英明なる我が君、国王エグモントにお仕えする者だ。その五芒星の軍旗は如何なる国に所属するものか。なぜ我らがクローデン王国領内に布陣している?」


よく通る若い声だった。

クロードの目にはこの距離からでも顔がはっきりとわかるが、年の頃はおそらく自分とそう変わらない。

二十代半ばといったところだろう。

戦場に似つかわしくない柔和で整った顔立ちの好青年といった感じだった。


ダールベルク伯クリストフという名前には覚えがあった。

色々あって会うことは出来なかったが、廃村ガルツヴァの調査依頼書にあった名だ。


クロードは馬を進め、ダールベルク伯を名乗る若者のいる場所に向かった。

その後をエーレンフリートと近習一名が付き従った。


クロード達は向こうと同じく常歩で、相手を刺激せぬように会話が出来そうな距離まで来るとそこで馬の歩みを止めた。



「我が名はミッドランド連合王国軍の総指揮を任されている者。アウラディア王国宰相にして、ここに居られる国王クロード陛下の腹心エーレンフリートと申す。魔境域から先は我らミッドランド連合王国の領地。何ゆえこのような大軍で我らが領地を目指しているのか」


エーレンフリートは堂々たる美丈夫と言った態度で臆することなく返答した。

黒鋼を薄く加工して意匠をこさえた鎧がすらりとしながらも鍛え抜かれた長身に良く似合っている。


「ミッドランド連合王国並びにアウラディア王国などという国はついぞ耳にしたことがない。魔境域はもともと我らの祖先がクロード一世の時代に邪神を討ち、解放した宿願の地。支配権は我らにある」


「自領の隣に国家が存在していることに気が付かなかったのはそちら側の不明であろう。われらはクロード一世の時代のはるか昔、かつて魔境域が中部地帯ミッドランドと呼ばれていた時代からこの地に暮らしてきた。土地との縁と由来は、貴公らよりも古く、そして深い」


「ミッドランド連合王国と言ったな。どうあってもわが軍の進軍を阻む意志なのだな?」


ダールベルク伯クリストフの表情は冷静そのもので、その眼はわずかな情報も逃すまいとこちらを見据えている。

こうして近くで相対してみると、若そうな外見に反して落ち着きと威厳のようなものが感じられ、一般的な世襲貴族に抱く柔弱さなどみじんも感じられない。


「侵略してくるなら、迎え撃つまで。帰って、お前の主エグモントに伝えるが良い。我ら中部地帯ミッドランドの民はクローデン王国には服さぬ。最後の一人となっても戦い、抗う覚悟だと」


「我らも王命を受けてこの地にやってきた。引き下がることは出来ない。魔境域はあくまで我らの領土だ」


ダールベルク伯クリストフはそれだけ言うと馬首を巡らし、配下の二人を引き連れ自軍に戻っていた。

クロードに対しては一瞥いちべつしただけで、他国の王に対する礼は取らなかった。


あくまでミッドランド連合王国など認める気もないし、魔境域に王など存在しないという意思の表れであろう。


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