第307話 黒白の相克
中天にあった太陽が少し下り始めた頃、突如、意識を失った六人の男女がすぐ目の前の地面に落ちてきた。
六人はその年齢も性別も様々であったが、クローデン王国の紋章が入った灰色を基調としたお揃いのローブを身に纏っていた。
何事かと諸王たちは驚き、その動揺はさざ波の様に全軍に伝わったが、エーレンフリートは顔色一つ変えずに「静まれ」と一喝。軍兵を引き締めた。
「すまん。少し手荒じゃったかのう。驚かせてしまった」
何もない空間から不意に現れたのは宮廷魔道士長を買って出てくれたバル・タザルだった。
「ちょろちょろと嗅ぎまわっている蠅がおったので捕まえておいたぞ。クローデンの奴らは放った魔道士隊が一人も戻ってこないのでどうしていいかわからんでいるのだ」
「導師、白魔道士は『魔道の術を使って特定の権力に利する行為を禁じられている』とシルヴィアから聞きましたが?」
クロードは苦笑いを浮かべながら、バル・タザルに尋ねた。
実はクロードは三年前と比べてさらに磨きがかかった魔力感知により、クローデン王国軍の魔道部隊による斥候の動きを全部把握していたのだが敢えて黙っていたのだ。
家臣や他の構成国が如何なる対処をするのか見て見ようという腹であったのだが、この偉大な魔道の師が全て解決してしまった。
「それは昔の話だ。白魔道教団の教主の座は入寂の前に、シルヴィアに譲ったし、今はただの≪灰色≫魔道士バル・タザルだ」
バル・タザルは茶目っ気のある笑顔を浮かべながら、片目をつぶって見せる。
「なぁ~にが≪灰色≫魔道士バル・タザルだ。この幽霊爺め。こんな化け物じみた≪灰色≫がどこにいる。≪灰色≫魔道士というのは≪黒≫はもとより≪白≫にすらなれぬ半端者のことを言うのだ」
今度は地上に出現した魔法円の上から全身黒ずくめの司教服に漆黒の仮面をつけたデミューゴスが姿を現した。
前回会った時は白一色だったが、今度は黒一色。
「白だとこの爺とイメージが被るし、何とも弱そうだ」とこぼしていたから、その影響であろうか。
これには流石のエーレンフリートも顔を険しくし、剣の柄に手をかけた。
「おい、黒エルフの青二才。やめておけよ。左腕やられたのをもう忘れたのか」
デミューゴスはそう言って、エーレンフリートをひと睨みすると、馬上のクロードに向かって改めてお辞儀して見せた。
「デミューゴス、これから戦という時に何をしに来た。貴様は漂流神探しで忙しいのであろう。今年に入ってまだ一体しか見つけとらん。この三年でもたったの四体だけだ。成果が上がってないではないか。さっさと自分の仕事に戻れ」
バル・タザルは半ば透きとおった身体を粒子状にして霧散させると、今度はデミューゴスの傍に出現した。
「僕に指図するな、煙爺。成果が上がっていないのは僕のせいじゃない。日に日に強くなるクロード王陛下の≪神力≫のせいだ。漂流神どもが隠れ逃げ惑い、なかなか出て来やしない。あの女、なんと言ったか……そうメレーヌだ。あの女神官なかなかにいい仕事するじゃないか。クロード王陛下を現世に人の身で降り立った神であると布教し、気が付けば魔境域内に多数の信徒を生み出している。目に見えぬ神よりも、現に自分たちのために善政を敷いてくれる人の姿をした神。確かに存在を信じやすいものなあ」
「おい、デミューゴス。用が無いならさっさと去れ。戦前の緊張感が台無しじゃ」
「指図をするなと言っただろ。少しばかり魔力が大きくなったからといって調子に乗っているようだが、何ならここで二百数十年前の決着をここで着けるか? この間は目障りなエルヴィーラがいたが、一騎打ちならまだ勝敗はわからない。僕にはまだ秘蔵の術があるからね」
「良いじゃろう。ここで我が友クロード一世とその子ら。そして儂の恨みを晴らさせてもらおうか」
二人の高まる魔力によって、上空がにわかに荒れだし、周辺のかなりの広範囲に魔力の力場が発生し始めた。
本来魔力を感知できぬ者たちでさえも、何かただならぬことが起きていると思わせられてしまうほど強大な魔力塊同士の干渉が始まりつつあった。
自軍はもとより少し離れたところで布陣しているクローデン王国軍にも動揺の様子が見られる。
「二人とも、いい加減にしろ。デミューゴス、何か用事があるんだろう。あるなら手短に話せ」
クロードの強い口調に二人は争う構えを解いた。
「クロード王陛下のおかげで命拾いしたな」とデミューゴスが吐き捨てると、「貴様がな」とバル・タザルが返し、互いにそっぽを向く。
「恐れながら、親愛なるクロード王陛下に申し上げる。この戦場に漂流神ではないが、微かに≪神気≫の痕跡のようなものが感じられます。戦好きのどこぞの半端神が心沸き立ち、様子を窺っている由。
デミューゴスは恭しく礼をする真似をして、足元に出現させた仄暗い紫光の魔法円と共に静かに姿を消した。
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