第306話 防衛者の理

クローデン王国軍がミッドランド連合王国軍の存在を認識してから数刻が経った。


クローデン王国軍は短い距離を進軍しては待機を繰り返し、ある程度の距離まで接近した後、全軍停止したまま動かなくなってしまった。



「連中、何故一思いに突撃してこない。我らの軍威に恐れをなしたのか」


≪オーグラン≫女王のバラギッドはいら立ちを隠せないようで、人族の二倍はある大きな体を揺らしながら、前方の敵軍を睨みつけた。


「バラギッド殿、少しは落ち着かれよ。そんな様子では戦いが始まる前に疲れてしまうぞ」


傍らで戦況を見ていた狼頭族の国≪ウルフェン≫のダルグ王がなだめにかかる。


「ダルグ王のおっしゃる通り。諸王よ、この地は言わばお披露目のために選んだ場所。クロード王のお考えで戦の前に、この魔境域を支配している勢力がすでにあるのだとクローデンにわからせるのが目的。主戦場はここではない。血気にはやり暴発せぬよう改めて各自の軍に念を押されよ」


少し離れたところからやり取りを聞いていたエーレンフリートが釘を刺した。


エーレンフリートの言葉通り、敵軍が突撃してきた場合は、巨大な≪次元回廊≫を全軍の前に出現させ、一旦アステリアに引き、戦闘はあくまで地の利がある魔境域内で行う手はずと準備がなされている。


軍の統率をさせずに、各国の首長をこの場に集めているのは血気にはやって単独行動を起こすのを防ぐ意味もあった。



今回の戦に限っては、直接的な戦闘にはよほどのことがない限り手は出さないとクロードは決めていた。

それが魔境域に住まう者たちの総意であるとエーレンフリートから説得を受けたからであるのだが、個人的には例え種族が異なるにせよ、人間同士が殺し合う戦というものに心から賛同しかねる思いだったからだ。


エーレンフリートの下でラジャナタンの一部隊を率いているガロイ氏族の長子オレリアンに今回のクローデン王国との戦いについてどう思っているのか尋ねると、しばらく考えた後に、屈託のない様子でこう答えた。


「私たちラジャナタンは父祖伝来の地を追われ、長きにわたりあてもなく各地を渡り歩いてきた流浪の民でしたが、クロード王のおかげでようやく住むべき土地と安定した暮らしを手にすることができました。人間は豊かな土地が無くては人間らしく生きては行けません。略奪、窃盗、誘拐。手塩にかけて育てた家畜を迫害により手放した時代は、家族を養うためならば何でもやったのだと父たち年長者からは聞いています。土地と家族を守るため、侵略者の命を奪うということはそんなに悪いことでしょうか」


オレリアンが言うことにも一理はあると思う。

侵略者を退かせなければ、自分たちが犠牲となる他はない。


土地は有限。

では無限にあったなら、平和は訪れるのか。

それとも平和という言葉自体が幻想にすぎないのか。


いずれにせよ、今の自分が戦争に参加すれば一方的な虐殺となってしまう。


むざむざとエーレンフリートら魔境域の者たちを殺させるつもりもないが、侵略者とはいえ同じ人間をこの手にかけるというのも気が咎める。


王である身で、自らの国に対する侵略行為にどう対処すべきか答えを未だ出せていない。


何か戦闘ではない解決法はないのだろうか。


クロードは自身の乗る黒い愛馬の鬣を撫でながら、考えを巡らせていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る