第303話 百花月の侵略者

元の世界に戻ることをあきらめ、この世界の神として振舞うことも拒絶した。


今の自分の目標は、魔境域に住まう民を富ませ、この国を人族の国々と対等に付き合っていける国家にすることだ。


多種多様な人種が存在するミッドランド連合王国の構成国たちが、人族の国々によって侵略されたり、迫害を受けたりすることがないようにある程度のレールを敷いてやり、退位するつもりだ。


この≪世界≫の脅威となる可能性を持つ漂流神や魔神を駆逐し尽くし、デミューゴスたちの望みをかなえたその後は最愛のシルヴィアと旅にでも出ようかと寝物語によく話をしている。


目標を達成したい気持ちが強すぎて、少し事を急いていたのだろうか。


マルクス・レームの話を聞き、未だミッドランド連合王国が、この≪世界≫の国際舞台に立つのは、まだ時期尚早であることに気付かされた。


周辺国の状況、立場を考えると条件は整っていない。


クローデン王国に脅威と感じられることなく、平和的関係を築く方法を考えつつ、今は国家としての熟成を待とう。



アウラディア歴四年、百花月ひゃくかげつの初め頃。

マルクス・レームとの対談からまだ十日と経っていないにもかかわらず、クロードが考え直したのとは逆の方向に事態が動き出した。


暗く鬱々とした冬が長く続く魔境域において、最も美しい季節と呼ばれるのがこの百花月ひゃくかげつであるのだが、この時期は残雪や葉の落ちた木々でどんよりとしていた風景が、色鮮やかな多種多様の花が咲き乱れる景色へと一変する。


自然の動植物たちの生命の躍動を感じることができるこの時期に、クローデン王国が動きを見せた。


神聖ロサリア教国とアヴァロニア帝国の二カ国から侵略を受け、多額の戦費により財政的に余裕がないという情報を得ていたが、突如、魔境域に向かって侵略の手を伸ばしてきたのである。


クローデン王国の諸貴族からなる遠征軍が魔境域の南側に集結し、拠点を造営し始めた。

猫尾族の斥候せっこうの報告によると、その数は少なく見積もっても一万を超える。


前年の相次ぐ防衛戦で戦功があった貴族たちに与える所領も財貨も無く、困ったエグモント王が、打ち出した苦肉の策であったようだ。


長らく魔物たちが跋扈ばっこし、禁足地きんそくちとなっていた魔境域を制圧し、それらを家臣たる諸貴族に分け与えるのだという。


王家だけでなく、貴族たちの財政状況も困窮こんきゅうしていたので軍資金のほとんどは五大商会を中心とした商人たちからの借金によって賄われた。


かさむ戦費に加え、三年前に起こったクロードの≪創世力≫使用を原因とした天変地異による各地の災害復旧事業などにより、ただでさえひっ迫していた懐事情がさらに悪化したのである。


もはやクローデン王国の支配階級は豪商たちの支援無くしては立ち行かぬ有様らしく、マルクスの息子ヘルマンが仕切るレーム商会は、貸し倒れを恐れ、借金の打診に対する回答を先延ばしにしつつ、クローデン王国内の事業から完全撤退を決意した。


ヘルマンはクロードに相談を持ち掛け、≪次元回廊≫により、その全財産、全物資を首都アステリアに輸送し、事業拠点を完全に移すことに決めた。

当然移転にかかる費用や未回収の売掛金などが発生したらしいが、ヘルマンに言わせれば、必要なであるのだという。


ひょっとするとマルクスの移住はすでにこれを見越していたのではないかというのは考え過ぎであろうか。


何はともあれ、クロードはこのクローデン王国を代表する五大商会のひとつであるレーム商会の事業拠点移転を手伝う代わりに、クローデン王国の遠征軍にまつわる裏事情を知ることができたのである。


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