第299話 一挙手一投足

デミューゴスを信じる気はないというのが、最初から根底にあるので彼の一挙手一投足が胡散臭く、茶番に見えてしまう。


しかもすでにデミューゴスのある嘘に気が付いてしまった。


ゲイツからは『特定の姿を取ったまま、取り込んだ存在の力を自在に使うことができる』と聞いていた。

だがデミューゴスは『アガタの≪読心≫を使うには一度、アガタにならなければならない』と言った。


この他にもこれまでの行動から疑問符がつく発言があるが、事の真偽はさておき、引き出せる情報は少しでも多い方がいい。

虚実きょじつ入り混じったデミューゴスの言葉から真実を導き出すのは至難の業だが、この過程は絶対に必要なのだとクロードは思った。

闘いはすでに始めっているのだ。

平静を保ちつつ、会話を続ける。


「降伏しているように見えて、殺されに来ているようにも見える。『四つ足の獣に捕食され、気が付くと自分を食べた獣自身になっていた』というお前の出自にまつわる話を聞いているぞ」


クロードの言葉に、デミューゴスが表情を変え、ゲイツの方を睨む。

ゲイツは小柄な体をさらにすくめ、目線を逸らす。


「そうか、ゲイツから僕のことを聞いたのか。だが、それは考え過ぎというものだよ。誰が好き好んで他者に喰われたいと思う?未だに僕は、自分が本当は知恵と記憶を引き継いで得たあの時の犬で、元の自分ではないのではないかと自問自答して悩んでいるよ。 白状するが、僕は君が≪亜神同化あしんどうか≫というスキルを持っていることも、その性質についてもおおよそ把握している。君のそれは、一定の範囲内の≪神核しんかく≫を失った不完全な状態の神を言わば同化作用により取り込むスキルだろう。僕にとっては非常に残念なことだが、もし仮に僕が死んでも、僕の中の漂流神や≪知恵と学問の神ウエレート≫らの≪神力≫を吸収するにとどまるだろうね。僕は少なくとも神じゃない。僕を君に取り込ませるためには物理的に僕を君に喰わせなきゃあならない。だがどう考えても君が僕を捕食するなんて考えられないだろう? 煮たって、焼いたって僕はきっと旨くはないだろうからね」


どういうつもりだろう。

デミューゴスは戦闘を避けたい意志を表しながら、戦闘を躊躇ためらわせる唯一の事情を自ら否定して見せた。


この話が本当であるならば、ここで決着をつけることを躊躇ちゅうちょする理由は無くなる。


戦いたいのか、戦いたくないのか。


デミューゴスの思惑がわからなかった。


「クロード、提案があるんだ。君が僕を邪魔に思っていることは分かっている。だから、僕は自らこの≪世界≫を去ろうじゃないか。もともと僕の最終的な目的はそれなんだ。君と僕の思惑は決して、相反するものじゃない。利害が一致しているんだよ。なあ、ゲイツ。そうだろう」


「ああ、そうだ。デミューゴスとは目的だけは一致していた。この≪世界≫を去り、自らが生まれた元の世界に帰ること……」


ゲイツは眼鏡の奥の細長い目にあの妄執もうしゅうにも似た熱を浮かべ、答えた。


「頼むよ、クロード。お互い要らざるリスクを取るのはやめよう。僕をこの≪世界≫がある次元の上位次元である≪第二天≫に送り出す手助けをしてくれ。そうしたら、僕は喜んでこの≪世界≫去るよ」


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