第296話 理想郷

霜降月そうこうげつの終わり頃、木々の葉が落ち、冬の訪れを待つこの時期にデミューゴスは八人の配下を連れて、イシュリーン城を訪れた。


臣下の礼をとり、形式上はアウラディア王国の国王であるクロードの家臣であるはずなのだが、場には異様な緊張感が満ちていた。


玉座のクロードの背後にはバル・タザルとシルヴィアが控えており玉座から謁見者までの広間には主だった武官、文官が左右に分かれて列を為していた。

オロフ、ドゥーラ、ヤニーナ、ネーナはもちろんのこと、その中にはゲイツやリタの姿もあった。



「クロード王陛下におかれましてはご機嫌麗しく、謁見恐悦至極に存じます。陛下のことですから、もうお聞き及びのことと存じますが、アヴァロニア帝国は全軍撤退。クローデン王国との和議も無事整いましたことを報告させていただきます」


玉座の間に訪れたデミューゴスは自慢げな様子で口上を述べ、配下の一人に合図した。


その配下の男は壮年で、中肉中背。

体つきからすると武官という感じではない。


手に木でできた円筒形の入れ物を抱えており、それをデミューゴスの前に置いた。


「これは、アヴァロニア帝国の若き皇帝バジャールド八世の首でございます。陛下に献上いたします。中身をご確認されますか? 」


「俺は、首を取ってこいなどと言って無い」


「はい、ですが大国同士の戦。一度始めてしまった戦はそう簡単には終わりません。クロード王陛下の望み通り、少ない犠牲での終戦にはこの首が必要だったのです」


玉座のクロードから離れた場所で跪くデミューゴスは悪びれた風もなく、言ってのけた。

まるで、やらせたのはお前なのだぞと言わんばかりの表情であった。



クロードがアヴァロニア帝国、クローデン王国、両国間の終戦を知ったのはつい先日のことである。


シルヴィアから、南方の動向を知るために配置していた白魔道士の報告を聞いたのだ。


クローデン王国への遠征を主導していた若き皇帝の死。

そのことからアヴァロニア帝国内で皇位継承巡る争いが勃発し、主導権を握ったのは遠征に反対していた宰相のバスコという男らしい。

幼帝を擁し、和議を成立させると遠征軍の引き上げにかかった。


デミューゴスが言う通り、これほどの大規模な戦争が終わるにはそれなりのきっかけが必要だったのであろうが、どうにもそのやり口が好きになれない。


「クローデン王国は相次ぐ侵略を受け疲弊ひへい。神聖ロサリア教国は信仰が揺らぎ、混迷の極みにある。アヴァロニア帝国も皇位継承後の粛清の嵐の中、莫大な戦費を抱えて衰退の兆しがある。周辺国の弱体化は、陛下の国アウラディア及び魔境域の国々にとっては大いなる益を生むことでしょう」


「何が言いたい?」


「これを機に周辺国全てを平らげてしまってはどうでしょう。アヴァロニア帝国をも超える広大な王国を築くのです。そうだ、何ならこの≪世界≫の全ての国を統一してしまうのもいいかもしれません。国が一つであれば戦争は起きないし、民も偉大なる唯一の王の下に平等だ。まさに理想郷。違いますか?」


「そうやってルオ・ノタルや様々な権力者をそそのかすのが、お前のやり口なんだな」


デミューゴスの顔から作り笑いが消える。


「いえいえ、滅相もございません。神々の力をその身に宿し、大いなる存在である貴方様であれば、如何なる望みもかなうということを申し上げたまで。愚かな人間たちは神の導き無くしては滅びの道を辿る。王として、神として、クロード王陛下が全てを統べる。まさしくこれが理想郷。千年、万年、いや永劫に続く神の国となるでしょう」


「デミューゴス、俺はこの世界に神など不要だと思っている。神の過剰な介入が、人間を堕落させ、破滅に導く。失敗するかもしれないし、遠回りかもしれないが人間は自分たちの力で≪世界≫をより良くする努力をすべきだ。自らが苦労して生み出したものと違い、ただ与えられたものは真に身に付くことはないんじゃないかと思う。信仰が篤いことは悪いことではないが、神聖ロサリア教国を見ればわかるだろう。神のみに依存した結果、それが現在の混迷を生んでいる。神のみを信じさせることで、民から考えることを奪ってはいけない。罰当たりついでに言うが、ルオネラは敗れ姿を消し、≪九柱の光の神々≫は何処かに隠れてしまった。神は決して永遠不滅ではないことを俺は知っている。永劫に続く神の国など存在しないんだ」



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