第293話 甦

しなびた鹿尾菜ひじきの様に痩せ細った姿のバ・アハル・ヒモートが惑星外に逃げ去ったのを確認した後、バル・タザルを伴い、エルヴィーラたちのいるマテラ渓谷に戻った。


さすがにエルヴィーラとデミューゴスといった伝説級の魔道士二人には、魔物たちも歯がたたなかったようで、戦いはすでに終わっていた。


何より魔物たちに刻まれた≪命令オーダー≫は、「バ・アハル・ヒモートに近づく者の排除」であったので、その対象たる存在がこの≪世界≫の外に逃げ去ってしまったので、わずかに生き残った魔物たちも何処かに去ってしまった。


「バル・タザル導師!」


白魔道士の少年フィンが、初めて見せる子供らしい笑顔で駆けてきた。


「フィン。久しいな。入寂にゅうじゃくの儀式に失敗する恐れもあったので、シルヴィア以外には何も告げずに去ったからな。四年ぶりか……、大きくなったな。その頭を久しぶりに撫でてやりたいが、この通り生身の肉体を捨ててしまったので、それもかなわん」


バル・タザルは孫を見る様な優しい目でフィンを見た後、その表情とは打って変わって厳しい顔つきになり、デミューゴスの方に向き直った。


「お主とは、何百年ぶりになるかのう。魔道卿グルノーグ、いやお主にとっては名前など意味をなさぬか」


「ふふん、爺様もお元気そうで何よりだ。会いたかったよ。あの時は喰い損ねて随分と悔しい思いをした。クロード一世に受けた傷が無ければ、今頃お前は俺の一部になっていた」


両者の間にただならぬ緊張感が漂う。

シルヴィアの話では、当時のクローデン王国の王城を半壊させるほどの激しい魔力の応酬により、殺し合った仲だと聞く。


「儂はできることなら会いたくなかったがな。主君と友人を同時に失った記憶が甦ってきてしまう」


先に視線を外したのはデミューゴスの方だった。


「そんなことより、その急激な魔力の増大は一体どうしたというんだ。入寂にゅうじゃくの儀式をしたところでそれほどの強化は望めまい。魔道士の祖たるアヴェロエスでさえも霞むほどの魔力量だ。あの化石爺は、入寂にゅうじゃく後も大自然と一体化し、今もどこかでせっせと魔力を集め続けているというのに、それを嘲笑うかのような躍進ぶりだ。アヴェロエスが知ったら失意のあまり、消散してしまうであろうよ」


「儂の身に何が起きたのか、儂にもよくわからんがこうしてお前に好き勝手させずに済む力を手に入れることができたのは幸いなことじゃ。フィンよ、少し離れておれ」


バル・タザルは印を結び、自身の周りに魔力による力場を発生させると何やらぶつぶつと唱え始めた。


周囲の空気中に漂う魔力の粒子がバル・タザルの元に集まってくる。


魔力を感知できるようになってから気が付いたことだが、この異世界のありとあらゆるものは、例えば石や土、空気などでさえ、微量ながら魔力を帯びている。

見渡す限りの景色から、その魔力が今、バル・タザルの発生させた魔力の力場めがけて集まってきている。


「ま、待て。僕はもうお前の敵ではないぞ。そこにおられるクロード王陛下に忠誠を誓ったんだ。本当だ。嘘じゃない。俺に弓ひくことはクロード王陛下に敵対することを意味するぞ。クロード王陛下、このわからずやの頑固爺を止めてください。後生です」


デミューゴスはすがるような目で、クロードを見ながら必死な様子で訴えかけてきた。


ついにはクロードの方を向いてひざまずき、地面に額をこすりつけ始めた。


イシュリーン城襲撃で、オイゲン老やヅォンガの死の原因になったこと。

神聖ロサリア教国の首都ルータンポワランで、雷撃でクロードの体の死に至らしめ、その後厄介な封印術で異空間に閉じ込めようとしたこと。


こいつはそのすべてをもうすっかり忘れてしまったのであろうか。


デミューゴスのことなど助ける義理はないし、この情けない態度を見ても憐みすら覚えない。


むしろこの手で殺してやりたいくらいだったのだ。


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