第292話 死生

≪創世力≫は、一から≪世界≫を創るための力で、既存の世界を改変するための力ではなかった。


厳密にいえば、その用途で使うこともできないわけではなかったが≪神力≫の消費量を考えるとコストパフォーマンスが悪すぎる。


さらに、既にある≪世界≫に手を加えることは、その≪世界≫における様々な力の均衡きんこうを乱し、少なからぬ影響を与えてしまうものだということを身をもって知ることになった。


時が動き出し、最初に起きた異変は海底の陥没かんぼつであった。

次に海流の大きなうねりが起き、一瞬、海が割れたように見えた。


正確には、空が見えたわけではなく、バル・タザルを起点にして、周囲の海水がどこかに押し出され、真空の間隙かんげきが現れたのだ。


まさしく、いま世界は揺れていた。


まるで、この≪世界≫で最も巨大な魔力を持つことになった魔道士の誕生に驚愕しているかのようであった。


クロード達がいる周辺だけの話ではなく、世界全体で天変地異と言っても過言ではない災害が各地で起きているのを感じた。



無垢むくなる許されざる力よ。人のごうの造りし力よ。この世界より消え去れ!』


バル・タザルの一喝と共に≪人工魔力≫の塊は内部に流れのようなものが生まれ、徐々に全体の形を変えていくと、海上、さらには大気の向こう側へと勢いよく放出された。


魔力の特性である力同士の引き合いに勝ったというよりは、巧く力の流れを捌いたという印象だった。


『いや、本当にしんどいな。肉体を捨てても尚、このような思いをするとは思ってもみなかったぞ。本当は今みたいにうまく制御するつもりであったが、儂の力不足で、逆に相手の力場に引き込まれてしまった。あのままでは、消滅の危機すらあったが、何やら急に力が湧いて出てきた。まさに天の助けであった』


バル・タザルは、半透明に透き通った顔に安堵の表情を浮かべ、こちらを見た。




クロードとバル・タザルは海上に出て、周囲の様子を確認すると愕然となった。


≪創世力≫による世界改変の影響か、はたまた膨大なエネルギーが放出された影響か、海面にはいくつも大きな渦のようなものができており、天には、透明で巨大な穴のようなものができていた。


地鳴りや雷鳴のようなものが響き渡り、異常な数の鳥の群れが東へと飛んでいく。


魔境域やその他の人が住む土地は大丈夫であろうかと考えを巡らしていると、もう何度か経験したことのある激しい痛みが自分の中に発生した。


心臓を中心に肉体が再生を始めたのだ。


海中から微細な粒子となった何かがクロードの方めがけて集まってきた。


おそらく海中を漂う自分の死体からだろう。


肉獄封縛にくごくふうばく≫というらしい得体のしれぬ何者かによって無理矢理与えられた肉体が戻ってきたのだ。

この≪肉獄封縛≫による肉体が、もし海中で再生を始めた場合には、おそらく再生が終わったと同時に再び高水圧による溺死が待っていたであろうし、まるで誰かが推し量ったかのようなタイミングであった。


≪肉獄封縛≫による強制的な再生とスキル≪自己再生≫により徐々に人間としての肉体を激痛と共に取り戻していく。


≪肉獄封縛≫による肉体はもはや全体の七割程度しか復元できず、痛みを早く和らげるためには、残りの部分を≪御業みわざ≫の≪物質創造≫で補うしかない。


肉体が再生するほどに、五感が戻り、世界を見渡す超感覚とでもいうべきものが閉じていく。



ようやく人間としての復活を果たし、傍らのバル・タザルの方を見ると、何とも言えないような顔で彼は感想を漏らした。


「やれやれ、何とも凄まじき有様じゃな。そうして肉体を失う度に、死生を繰り返すというわけか。クロードよ、お前が背負うことになった重荷のいくらかでも儂が背負うてあげられれば善いのだがのう」

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