第291話 創世力

≪人工魔力≫とバル・タザルの浸食が一層激しさを増し始めた。


バル・タザルは必死の形相でそれを押しとどめようと裂帛れっぱくの気合を込めた。


この方法で成功するかどうかは紙一重。

もし仮に成功したとしても、バル・タザルが深刻なダメージを追ってしまうのは目に見えていた。


入寂にゅうじゃくにより肉体を捨てた魔道士に、死という状態があるのかどうかはわからないが、バル・タザルの表情からはただ事ではない覚悟と気迫を感じる。


クロードはオイゲン老やヅォンガを失った時、何もできず無力感で胸がいっぱいになったことを思い出さずにはいられなかった。


自分の目の前で、自分を助けてくれた人たちが死んでしまう。

その光景を見るのはもう二度と嫌だった。


『バル・タザル、方法を変えよう』


呼び掛けたが応えはない。

まさに全身全霊を傾けており、クロードの≪念波≫は届いていないようであった。


今やぎりぎりのせめぎ合いをしており、中断することなどできそうもない。


方法を変えることができないのであれば、やはり支援に回るしかない。


何かないか。自分にもできる何か。


≪人工魔力≫の性質がクロードが考えているとおりであるならば、より大きな魔力を持てば逆にバル・タザルの優位性が増し、制御しやすくなるはずだ。


魔力を有した人類を創り出したのがルオ・ノタルであるならば、彼女から取り込んだ≪創世神業≫で魔力を創り出すことは出来ないであろうか。


幸い、今ならば肉獄封縛の影響はないはずだ。




クロードは≪創世神業≫の創世の力で、バル・タザルを構成する魔力を創れないかやってみることにした。


世界全体。そこに住まうすべての生物をも生み出す力であるならば、可能なはずだ。


今触れているバル・タザルの存在を深く感じとりながら、その魔力を思い浮かべ≪神力≫をついやした。


その瞬間、クロードはこの≪創世の力≫の本質を身をもって理解することになった。


目に映る全てが動きを止め、静寂に包まれた。


五感ではない。

自らの存在に直接伝わってくる膨大な情報の波濤はとうにより、≪世界≫が時間を止めたということが実感できた。


この≪世界≫にいる限り、異邦神であろうが何者であろうが自由にはならない。

例外なく、この≪世界≫の内にある全ての存在が時を止めた。


今や自らがこの≪世界≫の創世者であり、支配者であるという万能感が溢れたが、発動させただけでもそれなりの≪神力≫を消費してしまった。


無理もない。

この力は≪世界≫全体を創造する力であり、改変する力でもあるのだ。


おいそれと使える力ではないことを理解した。


こうしてこの状態を維持しているだけでも≪神力≫は目に見えて消費されていく。


急がねばならない。


バル・タザルを構成する魔力を≪人工魔力≫を全て放出するまでの時間、力負けせずに済む程度……本来の魔力量を二倍程度まで増加させた。


要領を得たついでに自分の魔力塊の内蔵魔力を普段の最大値まで回復させておく。


自由自在になるのであれば、もっと増加させてもよいかとも思ったが、魔力操作する技術の拙い自分では増幅しすぎると暴発させかねないと思い自重した。

長年魔道士として修業したバル・タザルにしても、手に余るほどの力を突然与えられては制御を失う可能性がある。


≪創世神業≫のもう一つの力、≪世界無帰力せかいむきりょく≫の方を使い、≪人工魔力≫を消し去ることも考えたが、可能かどうか以前に、対象を選んでうまく消せるのか不安がよぎったので、この方法は選ばなかった。


≪世界無帰力≫を発動できる実感はあるのだが、≪世界≫全体を一括消去なのか、部分消去なのか現時点ではわからない。


創るのとは異なり、壊してしまったものは完全には元通りにはならない。

例え姿形、性質が同一であろうとも。


この好ましく思える≪世界≫は出来るだけ変えたくはないのだ。


クロードは≪創世神業≫の≪創世力そうせいりょく≫による時間停止状態を解除した。


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